泌尿器科の代表的な症例

CASE

急性腎不全(AKD)と慢性腎不全(CKD)

腎不全には急激に腎機能が低下する「急性腎不全」と数ヶ月〜数年かけてゆっくり腎機能が低下する「慢性腎不全」の2種類があります。

■急性腎不全について
急性腎不全は急性に腎臓に大きな負荷をかける「原因」が存在しており、その原因を集中的に治療することにより腎機能が回復する可能性があります。主な原因には、「尿管結石や尿道結石などによる尿路閉塞」・「薬物中毒」・「外傷や消化管などによる大量出血」・「心臓機能低下による腎臓への血液循環不」・「重度の脱水」などがあります。このような病気に対しては緊急的に入院治療を開始し、症状の改善を目指します。

急性腎不全の主な症状は急激な体調の悪化です。前日まで元気だった子が突然体調が悪化します。また急性腎不全の特徴的な症状は「乏尿(ほとんど尿が出ない)」や「無尿(全く尿が出ない)」などの排尿症状です。このような症状が出た場合は緊急事態ですので、すぐに受診することをお勧めいたします。

急性腎不全は原因を究明し、迅速に治療することにより救命できる可能性があります。急性腎不全が疑われる場合は、間違っていても構いませんのですぐに受診してください。

慢性腎不全は様々な理由により腎臓の機能が徐々に低下していく病気です。腎臓には 

①尿を作る機能
②電解質などのイオンバランスを一定に保つ機能
③血圧を調節する機能
④貧血を感知し造血を促す機能
⑤ビタミンDを活性化(強い骨を作る)する機能

など主な機能として大きく5つあることが知られています。慢性腎不全ではこのような生活していく上で重要な機能が損なわれていきます。特に「①尿を作る機能」において、腎臓には「濾過機能」という血液中の老廃物や余分な水分・塩分を尿として体外に排泄させ、身体として必要な栄養素については再吸収して体内に戻すフィルターのような機能があります。しかし腎臓の機能が低下すると血液中に老廃物(毒素)が溜まるようになり、様々な体調不良の原因となります。

■慢性腎不全について
慢性腎不全の初期に認められる主な症状は「多飲多尿」ですが、多飲多尿すら認められず無症状の場合も多く経験しています。しかし腎臓の濾過機能が次第に低下してくると「②イオンバランスを一定に保つ機能」が働かなくなり、老廃物や余分な電解質・リンなどのミネラル類を尿中に排泄することができず、体内に蓄積していきます。結果として血液中に老廃物が過剰に蓄積してくると気持ち悪くなり、元気や食欲が低下し、嘔吐がみられるようになります。さらに症状が悪化すると、「③血圧の調節機能」や「④造血を促す機能」などについても機能障害に陥り、「高血圧」や「貧血」などの症状が認められ、高血圧に伴う眼症状(網膜剥離)や貧血に伴う症状(疲労、倦怠感など)が現れてくることがあります。慢性腎不全の末期に陥ると、老廃物の蓄積やミネラル・電解質の異常、貧血などが重度となります。また最も重要な腎機能である「尿を作ること」ができなくなり「乏尿」→「無尿」などの状態に移行し、「尿毒症」を続発し痙攣や昏睡状態に陥ってしまいます。

慢性腎不全の原因は「食事や生活環境による腎臓への慢性的な負荷」や「年齢的な影響」が一般的です。なお犬に比べて猫は慢性腎不全を発症する割合が非常に高いのが特徴です。猫では猫伝染性腹膜炎(FIP)や猫エイズ(猫免疫不全ウイルス感染症)、猫白血病(猫白血病ウイルス感染症)といった種々のウイルス感染や細菌感染などがきっかけとなって起こる糸球体腎炎、間質性腎炎、腎盂腎炎といった腎疾患や、先天性の腎臓異常(多発性嚢包腎)、腎臓の腫瘍(リンパ腫)などが原因で起こることがあります。他にも猫下部尿路疾患:FLUTD(猫泌尿器症候群:FUS)や尿路閉塞、中毒物質の摂取によって急性腎不全を起こし、それが慢性腎不全に移行する場合もあります。しかし、多くの場合、はっきりとした原因を特定することは困難です。

慢性腎不全は急性腎不全と異なり、一度発症すると腎機能の回復は見込めません。治療は慢性腎不全の進行をできるだけ抑え、症状を緩和することが目的となります。当院では主に「内科的治療」と「食事療法」を行っています。内科的治療では、皮下あるいは静脈内「点滴」で脱水や電解質のバランスを補正していきます。また、降圧剤や高リン血症治療剤、制吐剤、造血ホルモンであるエリスロポエチンの投与などが症状に応じて行われます。食事療法では、腎臓の負担となるタンパク質やリン、ナトリウムなどが制限されている「食事療法食」を用いています。


当院では腎不全の診断・モニタリングとして定期的な「血液検査」や「尿検査」を行います。当院での腎不全のモニタリングは自宅でも採尿が可能な尿検査を推奨しており、血液検査は尿検査の結果を見て必要に応じて行っております。また腎不全の原因を特定や症状の進行具合をチェックするために「腹部X線検査」や「腹部超音波検査」も実施していきます。

血液検査では主にBUN(血中尿素窒素)、Cre(クレアチニン)をチェックします。いずれも血中の老廃物(毒素)なので、体内にどれだけ毒素が溜まっているのか知ることができます。ただしBUNは腎機能だけでなくその他の要因でも数値が上昇してしまうため、BUN単独では正確に腎機能を評価することができません。そのため腎不全の血液検査上での評価はCreを中心に行います。ただ残念なことにCreの数値が上昇する頃には、腎臓の75%以上が腎機能不全に陥っているため、治療では残りの25%以下になった腎機能をいかに温存できるかが重要になってきます。他にもIP(無機リン)やK(カリウム)などの検査項目を総合的に評価することにより、腎臓障害の状況をより詳細に把握することができます。

また最近注目されている血液検査項目として「SDMA」(対称性ジメチルアルギニン)があります。SDMAは血液中に安定して存在している蛋白のため、腎臓の機能の評価に優れています。SDMAの値を知ることの最大のメリットは、腎機能が40%喪失した時点で数値が上昇するため早期に腎不全を発見出来ることです。猫ではCreでの評価と比較し、平均17か月も早く腎不全を発見できる可能性があることが報告されており、猫の腎臓病の早期発見に関しては非常に優れています。犬ではSDMAと同等に腎機能を評価できる「シスタチンC」という項目があります。ただしSDMAはまだ歴史の浅い検査項目です。SDMAの検査結果を正確に評価する獣医師側の知識と経験が非常に重要となります。当院ではSDMAおよびシスタチンC測定を積極的に行っており、知識と経験を常にアップデートしております。

一方、尿検査では主に「尿比重」と「尿蛋白」をみていきます。
「尿比重」は尿の濃さ・重さを調べる検査です。腎機能が低下すると、まず身体の毒素を可能な限り排泄させるために腎臓は尿量を増やすことで身体の健康を維持しようとします。そのため体内の水分を必要以上に排泄することになり尿量が増加し、濃縮した尿が出せず薄い尿になります。そのため尿比重が低下し、身体は脱水の兆候が認められます。この「尿比重の低下」は血液検査によるCreの上昇より早期に認められるため、より早期に腎不全を発見することが可能となります。ただし尿比重は日々の生活環境に大きく左右されるため、尿比重検査は複数回計測することで信憑性を得る必要があります。

「尿蛋白」を評価する方法としてUPC(尿蛋白・クレアチニン比)、UAC(尿アルブミン・クレアチニン比)をいう項目があります。尿中のクレアチニンと蛋白を比較し現在の腎機能をより正確に評価します。慢性腎不全発症時は血液検査で腎数値(BUN・Cre)が上昇する前に微量の蛋白が尿中へ漏れて蛋白尿となっていると報告されています。この状態をUPCやUACにより把握することで早期に腎不全を発見できます。尿試験紙による蛋白尿の検査のみでは、ある程度の重度の蛋白尿でなければ偽陽性や偽陰性という結果が見られるため信頼性に欠けます。血液検査と共にUPCやUACを調べることにより、より詳細で正確な腎機能評価が可能となります。

慢性腎不全は先ほども述べたとおり、残念ながら一度発症すると回復は見込めません。また慢性腎不全の初期症状は無症状のことも多く、定期的な尿検査・血液検査によって客観的に評価することが重要です。当院では積極的な尿検査を推奨しております。当院にカルテがある子であれば病院には尿だけ持参していただき、尿検査の結果により受診の有無を検討することもできます。自宅で採尿ができれば受診することによる精神的な負担もありません。非常に有用な検査と考えています。
尿検査で初期の慢性腎不全を発見できれば、初期慢性腎不全の様々な治療を先制的におこなうことができます。その結果、末期の腎不全を回避できる可能性も出てきます。当院では多くの症例で初期慢性腎不全を発見し、早期治療介入により重症化を防いだ実績があります。是非、中高齢になったら定期的な尿検査・血液検査を行ってください。腎臓疾患につきましてご心配・ご不安な事がございましたら、当院までお気軽にご相談ください。

猫下部尿路疾患:FLUTD(猫泌尿器症候群:FUS)

猫下部尿路疾患(FLUTD)になると、「頻繁にトイレに行くのに尿が出ない」・「排尿時の痛みで鳴く」・「トイレ以外の場所で排尿(粗相)する」・「血尿」など膀胱炎の特徴的症状が現れます。また尿道結石や尿管結石、尿道栓子(炎症で尿路からはがれ落ちた細胞や白血球・赤血球・尿結晶・タンパク・粘液などが固まってできた塊)などにより尿道や尿管が閉塞すると、排尿がほとんど出ない(乏尿)、あるいは全くでない状態(無尿)になります。その結果「急性腎不全」を引き起こすことがあります。

猫下部尿路疾患(FLUTD)は、膀胱や尿道における尿結石や尿道栓子、細菌感染といったことが原因で起こります。しかし様々な検査を行っても原因不明の場合もあり、このような状況を「特発性膀胱炎(特発性FLUTD)」と呼び、FLUTD全体の約50%を占めています。特発性FLUTDは間質性膀胱炎と呼ばれることもあり、推測される原因として「膀胱上皮のバリア機能の異常」や「肉体的・精神的ストレス」・「自己免疫性疾患」などが関与していると考えられています。また猫下部尿路疾患(FLUTD)の約20%を占めるのが尿路結石と報告されています。尿路結石の成分には様々な種類がありますが、代表的なものは「ストルバイト尿結石」・「シュウ酸カルシウム尿結石」です。これら結石はリンやマグネシウム、カルシウムといったミネラルバランスが適切に給餌されていない場合や食事による影響で尿が酸性やアルカリ性に傾きすぎていると形成されやすくなりますが、主な原因は遺伝的体質と考えられています。

猫下部尿路疾患(FLUTD)の治療は、尿管や尿道が結石や栓子で閉塞している場合には「尿路閉塞」に陥っているため緊急処置が必要となります。「尿道閉塞」に陥った場合は鎮静下で尿道カテーテルを用いて尿道の閉塞を解除し、原因となった膀胱内の結石・砂粒・栓子・異物などを膀胱洗浄によって可能な限り体外に排出させます。尿道閉塞を起こしてから時間が経ち急性腎不全を併発しているようであれば、急性腎不全の治療も同時並行して行っていきます。尿道閉塞を何度も繰り返しているケースでは、会陰尿道瘻術(詳しくは軟部外科参照)などの手術を検討していきます。また膀胱内に結石が存在する場合は外科手術による膀胱結石摘出手術を行います。なお、緊急性が低かったり麻酔リスクが高い場合、結石の種類によっては「食事療法」を選択する場合もあります。

ただし食事療法にも様々なリスクがあり、実施には飼主様へのインフォームド・コンセントが重要になります。膀胱結石や尿道結石などの尿路結石に対して外科手術実施後の維持治療には「食事療法」を積極的に行っています。細菌性膀胱炎や細菌性尿道炎などの細菌感染に対しては、必要に応じて尿培養などによる細菌培養試験および抗菌剤への感受性試験を行い、抗菌剤による積極的な治療を行っています。

特発性FLUTDの場合は、現在確実に有効と言える治療法は見つかっていませんが、炎症や痛みを緩和するために投薬が行われることがあります。特発性FLUTDは自然に治ることもありますが、治癒してもすぐに再発を繰り返すため、上記の投薬治療の他、特発性FLUTD対応の食事療法の実施やストレス対策としての生活環境の改善が推奨されています。

猫下部尿路疾患の予防は、膀胱や尿道の感染症を防止するためにトイレを清潔にする、いつでも水を飲める環境を整える、遊ぶ時間を増やすといったストレス対策が効果的と報告されています。尿石症では、尿結石の種類に応じた適切な療法食を与えることが推奨されます。また、肥満はFLUTDの発症率を高めるため、適正体重を保つように心がけてあげましょう。