軟部外科の代表的な症例

CASE

消化管内異物(胃内異物・腸内異物)

比較的若齢の犬・猫で認められ、同じ子が繰り返し異物摂取で来院することが特徴です。犬では様々な異物を盗食しますが、猫ではほとんどの場合でゴムか紐を盗食しています。異物摂取の場合、よく認められる主な症状は食欲消失・元気喪失・嘔吐・腹部痛などですが、異物が閉塞に関与していない場合(胃内異物の一部)は食欲・元気もあり嘔吐が見られないこともあります。

異物摂取については
①飼主様の目前で異物を摂取する
②飼主様のいないところで異物を摂取する
と大きく2つのパターンに分類されます。

①であればすぐに治療に進むことができますが、②の場合は診断が困難な場合もございます。②の場合は盗食した可能性のあるものを教えていただき、レントゲン検査にて異物の有無を判断します。異物がピアスや縫針など一部でも金属製のものを含む場合はレントゲン検査にて確定診断が可能ですが、布・木・紙・ゴム・ビニール・プラスティック製品などの場合はレントゲンでは診断できない場合もございます。

異物の確定診断および可能性が否定できない場合、当院ではまず催吐処置を行います。ただし縫針や爪楊枝・竹串などを先端が鋭利なものを盗食している可能性がある場合は、催吐処置で胃穿孔や食道穿孔・腸穿孔を引き起こす可能性があり、最初から麻酔下で内視鏡処置もしくは開腹(胃切開・腸切開)を選択します。また催吐処置を行っても盗食したもの全て吐き出さなかった場合、内視鏡処置もしくは開腹(胃切開・腸切開)を実施いたします。盗食した物によっては後日排便時に出てくることもありますので経過観察と判断する場合もございます。ただし②の場合は異物摂取後すでに数日経過している可能性もあり、体調がすでにかなり悪化していることもあり緊急手術が必要になることもあります。

子宮蓄膿症

中高齢未避妊の犬・猫で遭遇する機会の多い病気です。発情生理後2ヶ月以内に発症することが多く、主な症状は食欲低下・元気消失・嘔吐・多飲多尿などが認められます。
子宮蓄膿症には ①開放性子宮蓄膿症と②閉塞性子宮蓄膿症の2つのパターンがあり、違いは子宮頸部と呼ばれる部分が開いているか閉じているかで分かれます。

①の場合は陰部より「おりもの(膿・血液などの分泌物)」が認められ、②の場合は特におりものは認められません。また、より重症化しやすいのは子宮内の分泌物が出てこない②閉塞性子宮蓄膿症であり、悪化した場合は敗血症や多臓器不全・ショック症状にて死に至る可能性も十分にあります。

診断は触診にて子宮の腫れを確認する、レントゲン検査にて子宮の拡張を確認する、超音波検査にて子宮内の液体貯留の確認、血液検査にて白血球の確認・炎症マーカーであるCRPの上昇・ホルモン疾患の場合に上昇するALPやTCHOなどで確認いたします。主な治療法は外科療法では卵巣子宮全摘出術を行います。内科療法においては①の場合、抗菌剤にて改善が認められる場合もありますが、次回以降の発情後に子宮蓄膿症を再発する可能性も高く、再発を防ぐために卵巣子宮全摘出術が勧められます。

子宮蓄膿症は早期診断・早期治療(卵巣子宮全摘出術)にて救命率が飛躍的に上がります。特に子宮蓄膿症の特徴的な症状として食欲低下・元気消失・多飲多尿が高確率で認められますので、このような症状が認められましたら経過観察せずにすぐ受診してください。

潜在精巣

犬・猫の精巣は出生時には腹腔内に存在し、生後40日までに鼠径部の鼠径管を通過し陰嚢内に下降します。ただし一部の犬・猫において精巣が陰嚢内まで下降しないことがあり、腹腔内もしくは鼠径部に精巣が停滞してしまうことを潜在精巣と呼びます。一般的に潜在精巣は片側のみで起きることが多いですが、両側の潜在精巣も認められることがあります。また猫で潜在精巣が認められることは非常に稀です。また犬では右側で潜在精巣が認められることが多いと言われています。腹腔内や鼠蹊部に停留している精巣は持続的なホルモン産生・腫瘍化・捻転の発症リスクが増加し、子供へ遺伝することが認められていますので摘出することが推奨されています。

手術では潜在精巣および陰嚢内にある精巣を摘出します。停留している精巣の場所により開腹が必要になる場合もあります。当院では手術時に行う麻酔のリスクを減らすために3歳までに手術することを推奨しております。

潜在精巣は腫瘍化する確率が非常に高いことが知られています。また腫瘍の種類によっては重度の貧血を伴い命に関わることもあります。潜在精巣は触診で診断が可能ですので、ご心配な方は診察時に担当獣医師までご相談ください。

会陰ヘルニア

会陰ヘルニアとは肛門周囲の筋肉の脆弱化や萎縮し筋肉間に隙間ができることにより腹腔内脂肪や大腸・膀胱が飛び出し(ヘルニア)排便障害や排尿障害が見られる病気で、比較的高齢で未去勢の犬に認められます。特に膀胱がヘルニア孔より飛び出すと排尿障害が見られ、数時間以内に尿道閉塞による急性腎不全を引き起こし死に至る可能性がある非常に恐い病気です。肛門周囲の筋肉が脆弱化したり萎縮する原因として男性ホルモンの関与が指摘されており、若いうちに去勢手術を行うと発症が予防されると言われています。また無駄吠えや遠吠えをすることによる腹圧の上昇などで肛門周囲への負担が強くなると脆弱化した筋肉が破けてしまい会陰ヘルニアを発症しますので注意が必要です。

診断は会陰部周囲の外貌(肛門周囲の膨らみ)の確認・直腸検査(大腸の走行の確認、直腸憩室の確認)・レントゲン検査(肛門の位置確認、糞塊の確認、造影検査による尿道の走行の確認など)・超音波検査(膀胱脱出の確認)などにて確定診断を行います。

会陰ヘルニアの治療法は外科療法によるヘルニア孔の整復になります。ヘルニア孔の整復は内閉鎖筋や総鞘膜などによるフラップ形成術・ポリプロピレンメッシュなどの人工物によるヘルニア孔の閉鎖など様々な手術法が考案されています。ただし全ての手術法にはメリット・デメリットがあり、それぞれ個別の症状に合わせて術式を相談・選択していきますが、当院では原則としてヘルニア孔の整復と同時に去勢手術および精管固定・結腸固定を併用して行います。

会陰ヘルニアは放置すると生活の質を落とすだけでなく生命に影響する非常に恐い病気です。排便・排尿時に違和感を感じたり、肛門周囲に膨らみを発見した場合はすぐに受診してください。

会陰尿道造瘻術(尿道閉塞)

会陰尿道造瘻術は雄犬や雄猫における再発性の尿道閉塞に対して行う手術です。犬において尿道閉塞は陰茎骨付近、猫においてはペニス先端付近で尿道結石や尿砂粒症などによる通過障害を引き起こすことが多く認められます。そのため犬では会陰部に尿道開口部を造瘻し、猫ではペニスを切除して会陰部に尿道開口部を造瘻いたします。

当院では膀胱結石や尿砂粒症の治療において会陰尿道造瘻術を第1選択にすることはほぼありません。まずは膀胱切開による膀胱結石の摘出や食事療法による膀胱結石・尿砂粒症のコントロールを行っていきます。それでも結石や砂粒のコントロールが困難な場合に救済策として提案いたします。会陰尿道造瘻術を行っても膀胱結石や尿砂粒症は持続しますが、尿道閉塞を発症する確率が減少するため尿道閉塞による急性腎不全による死亡リスクを大幅に低減できます。ただし尿道閉塞のリスクが低減できるからといって結石や砂粒のコントロールをしなくて良いわけではありません。必ず食事療法は続けていくことになります。また手術によるデメリットとして細菌性膀胱炎などの発症リスクが高まりますので注意が必要です。