呼吸器科の代表的な症例

CASE

気管虚脱

気管は通常ホースみたいな筒状の形をした臓器で、その筒状の形を維持するために気管軟骨と呼ばれるリング状の軟骨が気管内に多数存在しています。この気管軟骨の存在により、吸気時(息を吸っている時)に気管内が陰圧状態になっても筒状の臓器である気管が潰れない構造となっています。この気管軟骨が柔らかくなりリング状の形を維持できなくなると、吸気時に気道内の陰圧に耐えられず気管が筒状の形を維持できずに潰れてしまいます。このような病状のことを気管虚脱といいます。気管虚脱が進行すると吸気時に気管が潰れていますので空気の流れが滞り、呼吸がうまく出来なくなります。もちろん呼吸をしないと生きていけませんのでさらに努力して息を吸おうとします。そこで潰れている気管に大きな負荷がかかり炎症を起こします。その症状が悪化すると呼吸困難→酸欠状態→失神→窒息死につながる可能性があります。

気管虚脱の主な症状は「アヒルが鳴いているような呼吸音」や「豚が鳴いているような呼吸音」という表現で代表されるような呼吸音です。特に興奮時や運動後など呼吸回数が増える時に症状が認めらます。その他の症状としては発咳・チアノーゼ・舌粘膜の悪化・失神などで重症化すると窒息死につながります。診断は胸部X線検査にて側面像の吸気時と呼気時のX線写真を撮り、気管の太さの差を確認することにより診断することが可能です。また気管支鏡がある施設では気管支鏡による精査で診断することもありますが、基本的には胸部X線検査で十分診断することが可能です。

当院で行う治療法は内科療法による対症療法が中心になります。ただし内科療法では完治は望めず、さらに状況が悪化する可能性も否定できません。その場合は外科療法を選択する必要性も出てきます。従来の外科療法ではステント法と呼ばれる金属製の筒を気管虚脱を起こしている部分に設置してステントに気管軟骨の代替を行わせる方法が主流でした。ただこのステント法で使用するステント自体が気管にとって異物となり、気管の刺激になり咳が増えたりQOL(クオリティー・オブ・ライフ;生活の質)を落としてしまう結果となる可能性が否定できません。その為当院ではステント法による気管虚脱の手術をお勧めしておりません。もし外科療法をご希望の場合はステント法以外の手術法で気管虚脱の手術に取り組まれている呼吸器科専門医もいらっしゃいますので、お気軽にご相談ください。

短頭種気道症候群

短頭種とは犬ではブルドック、フレンチブルドック、ボストンテリア、パグ、チワワ、シーズーなど、猫ではチンチラやヒマラヤンなど鼻が極端に短く、頭蓋骨が丸みを帯びていて、両眼が離れており、頸部が太い品種のことを指します。このような品種は鼻孔や鼻腔が極端に狭く、咽喉頭周囲も構造的に距離が短く周囲の筋肉や組織が分厚い傾向があります。そのため呼吸時に空気の通る鼻孔や鼻腔・咽頭・喉頭などの気道の内腔が狭くなり、慢性的な呼吸努力や呼吸困難が引き起こされます。短頭種気道症候群とはこのような閉塞性気道障害の総称で、

①狭窄性外鼻孔
②鼻腔狭窄
③軟口蓋過長症
④扁桃腫大
⑤喉頭室外反
⑥喉頭虚脱
⑦気管虚脱


などの疾患が複合的に発症します。

特徴的な症状は「呼吸音」です。「アヒルが鳴いているような呼吸音」や「豚が鳴いているような呼吸音」という表現で飼主様から稟告を受ける機会が多いです。また睡眠時にイビキをかく、努力性呼吸(パンティング)のため呼吸筋の多用や呼吸による体温調節が困難になることによる高体温、運動時は酸素を大量に消費しますので呼吸による酸素の取り込みが上手くできず運動ができなくなる運動不耐性、酸欠状態になり倒れてしまう失神などの症状が認められる可能性もあります。その他にも食欲不振・元気消失・嚥下障害・呼吸困難・チアノーゼ・呼吸不全による窒息死などの症状が認められる可能性があります。

診断は狭窄性外鼻孔のみ外貌で確認できますが、その他の症状は臨床症状とX線検査にて評価を行い、確定診断は全身麻酔下による内視鏡にて行います。ただし呼吸困難の症状がある症例に全身麻酔をかけることは非常にリスクを伴いますので、全身麻酔をかける場合は内視鏡による確定診断後に手術を同時に行う場合もあります。

主な治療法は外科療法・内科療法とありますが、内科療法では完治は望めないため重症例では積極的な外科介入が推奨されます。特に1歳未満で狭窄性外鼻孔と軟口蓋過長症の手術を行った症例の改善率は96%に達したのに対し、高齢になって喉頭室外反と軟口蓋過長症の手術を行った場合は改善率が69%だったという報告もあります。そのため将来を見据えて早期の外科介入を検討する必要もあります。

当院ではまず内科療法にて経過を見る場合が多く、内科療法で持続的な改善が望めず外科的介入が必要と判断した場合は外科療法についてご提案させていただいております。外科療法は当院で対応可能な場合は当院で対応いたしますが、重症化しており当院での対応が困難な場合は外科専門医のいる2次診療施設や呼吸器科専門病院をご紹介させていただいております。また短頭種気道症候群を重症化させない予防法として

①適正な体重を維持し肥満を避ける
②高温多湿な環境を避ける
③激しい運動や興奮を避ける

などが考えられますが、どれも万全ではありません。一番確実なのは1歳未満で気道閉塞に対する外科的介入かもしれません。

肺水腫

肺水腫とは肺の実質(気管支・肺胞)に何らかの影響により液体が染みだして溜まった状態で、溜まった液体により呼吸が障害され呼吸不全に陥ります。肺胞とは肺全体の約85%を占める気管支の末端に付着しているブドウ房状の臓器で、肺胞壁を介して呼吸ガスと血液内ガスにおける酸素−二酸化炭素のガス交換が行われています。その肺胞に液体が溜まると肺胞壁に呼吸ガスが到達できず酸素−二酸化炭素のガス交換ができなくなり酸欠状態に陥ります。

肺水腫を発症する原因のほとんどは心臓病(心原性肺水腫)です。ただし感電事故・敗血症・肺炎・低タンパク血症(低アルブミン血症)・煙の重度吸引など心臓病以外に起因する非心原性肺水腫が認められる場合もあります。心原性と非心原性の鑑別は心臓病の有無で判断することが可能です。また心原性肺水腫と非心原性肺水腫の鑑別は治療法がそれぞれ異なるため非常に重要となります。

肺水腫の主な症状は呼吸困難です。特に重症化すると睡眠をとることもできなくなります。横に寝た体勢(横臥位)や伏せの体勢(伏臥位)だと自身の体重で肺を圧迫されますので肺水腫の症例ではガス交換が困難となり、肺が圧迫されない起立位もしくは犬座姿勢(お座りの体勢)以外では肺内(肺胞内)でのガス交換ができません。それでも呼吸が困難になると肘を外側に向けて胸郭を広げ、首を伸ばした状態で呼吸を行います。同時に意識は朦朧とし、舌の色は青紫色(チアノーゼ)となり最終的には窒息死に至ります。

肺水腫からの救命で最も重要なことは早期発見です。肺水腫の診断は聴診及び胸部X線検査です。ただし呼吸困難な症例の胸部X線検査は非常にリスクがありX線検査中に呼吸停止となり命を落とす可能性もあります。当院では胸部X線検査を行う前にICUなどで十分に酸素化を行い必要最低限のX線検査にて診断を行います。また最近では胸部超音波検査(TFAST法)にてBlineを確認することにより迅速診断を行うことも増えてきています。

ケンネルコフ

ケンネルコフの『ケンネル(kennel)』とは「犬小屋」や「犬を売買する店」という意味があり、『コフ(cough)』とは「咳をする」という意味です。つまり『ケンネルコフ』とは『ブリーダー・ペットショップなど多頭飼育している環境で蔓延している風邪』という意味です。ケンネルコフのことを伝染性気管気管支炎(伝染性気管炎・伝染性気管支炎など)と呼ぶ場合もあります。

ケンネルコフの主な原因はウイルス・細菌・マイコプラズマなどの単独もしくは複数感染によるものが多く見受けられます。これらの感染症は非常に伝染力が強く、幼齢や高齢、免疫抑制剤などの治療を受けている症例などでは重症化することもあり注意が必要です。ただしほとんどの症例は重症化せずに自然治癒したり、動物病院を受診して適切な治療を受けることにより改善します。

ケンネルコフで受診する症例のほとんどが自宅に迎えて間もない子犬です。ケンネルコフは多頭飼育されている環境下による伝染性気管気管支炎の総称です。ブリーダーやペットショップの環境は伝染性の強いケンケルコフが蔓延しやすい環境と考えられます。そのため多くの子犬が無症状ながら感染していると推測されます。ブリーダーやペットショップから迎え入れた子犬は生活環境の急激な変化によりストレスを抱え免疫力が低下する場合があります。無症状ながら感染していてストレスにより免疫力が低下し、今まで免疫で抑えていた無症状のケンネルコフがストレスによる免疫力の低下で発症していると考えられます。そのため子犬を迎え入れた場合は特に最初の2週間はあまりストレスを与えずそっと経過を見てあげることが大切です。

ケンネルコフの診断は問診による臨床症状の確認、聴診による肺音・気管支音の確認、必要に応じて胸部X線検査を行います。治療は一般的に対症療法を行います。ケンネルコフが重症化する原因の一つであるパラインフルエンザウイルスやジステンパーウイルス感染については混合ワクチンの接種により予防が可能です。

猫喘息(慢性気管支炎、アレルギー性気管支炎)

猫喘息とは何らかの原因により気管支内で炎症が起こることにより気管支の内腔が狭くなり呼吸障害(喘息発作)を引き起こす病気です。好発品種としてはシャム猫が有名ですが、日本猫(和猫・Mix猫)その他の猫種でも多く認められています。猫喘息は比較的若齢で発症することが多いと言われていますが、4~8歳で突然発症することもありますので注意が必要です。喘息発作を起こす原因は不明ですが、刺激物(化学物質・芳香剤・消臭剤・冷気・花粉・ハウスダスト・煙etc)の吸引、気管支感染症(細菌・真菌・ウイルス・マイコプラズマetc)、ストレスなどによる慢性的な気管支への負担が一因と考えられ、まずその原因を突き止めることが適切な治療の一歩となります。

喘息発作時はゼーゼーやヒューヒューなどの喘鳴性呼吸とともに激しい咳込みが認められることが特徴です。重症化した場合、口を開けて苦しそうに呼吸したり(開口呼吸)、チアノーゼ(血液中の酸素が不足することで、皮膚や口腔粘膜が青紫色に変化した状態)などが認められるようになり、最終的には呼吸不全に陥り、生命に影響することもあります。なお、猫喘息は完治することは困難であり長期的な治療が必要ですが、適切な治療を行うことにより症状を軽減することは可能です。しかし適切な治療が行われずに慢性化した場合、肺気腫のような治療不可能な病気になってしまうこともあるので注意が必要です。

猫喘息は問診による臨床症状の確認、聴診による肺音や気管支音の確認、胸部X線検査による喘息の所見の確認にて総合的に判断します。また慢性的に肺や気管支の損傷が加わると気胸や無気肺などの深刻な症状を併発している可能性もあり、胸部X線検査にて併せて判断いたします。喘息を発症している猫の胸部X線写真では普段は観察しにくい気管支が明瞭に見えるという特徴がありますが、病初期は特徴的な気管支の変化が観察されないこともあります。その他に胸部X線写真を撮ることで腫瘍や肺炎や胸膜炎、横隔膜ヘルニア、心疾患など他の病気との鑑別をおこなう必要もあります。また猫喘息を発症した場合、白血球の1種である好酸球というアレルギーに関連する免疫細胞が増加することが分かっており、血液検査にて好酸球数の測定を行い評価することもありますが、胸部X線写真での気管支像の変化のように病初期では好酸球に変化が見られない場合もあります。

治療は気管支拡張剤やステロイドを使用いたしますが、長期的に服用する必要があり、もし投薬で咳の症状が治ったとしても飼主様の勝手な判断で休薬すると症状が悪化し症状の再発ならびに重症化(気胸や無気肺の併発)する可能性もありますので、担当獣医師と治療についてしっかりと相談する必要があります。

先ほども述べたとおり、猫喘息の原因は不明です。ただし様々な刺激物の吸引が疑われていますので、アレルゲン(アレルギーの原因となる物質)を可能な限り猫の生活圏から排除することが重要です。こまめな掃除やエアコンフィルターの清掃、細かい粉塵が起こりにくい猫砂への変更などアレルゲンを排除した環境を整えることなどが再発防止及び病態悪化を防ぐことができます。 喘息は重度にならないうちに適切な治療をすることで症状を緩和し良好な状態を維持することができる病気です。しかし、完治することは少ないため治療は長期にわたる可能性が高いです。様子を細かく観察してそれぞれの猫に合った治療を行っていきましょう。