整形外科・神経外科の代表的な症例
CASE
骨折
骨折とは外から力が加わることによって骨が完全もしくは部分的に連続性を失った状態を指します。以前は交通事故による骨折が多くみられましたが、最近では家庭内での事故(椅子やソファーからの飛び降り、段差での足の踏み外しなど)が主な原因となっており、小型犬(トイプードルやポメラニアン・ヨーキーなど)の前肢骨折(橈尺骨骨折)を診断する機会が多くなっています。診断はレントゲン検査にて行います。
治療法は外科療法・内科療法(保存療法・外固定法)がありますが、保存療法で管理できる骨折はごく稀でほとんどが外科療法を選択いたします。主な外科治療としてはプレート法(骨を金属板とネジで固定)・ピンニング法・創外固定法など様々な方法がありますが、それぞれの骨折の状態により最適な治療法を判断していきます。当院では現在ONE千葉どうぶつ整形外科センターと協力して骨折治療にあたっておりますが、近日中に当院内で骨折治療が行えるように準備中です。
膝蓋骨脱臼
膝蓋骨(膝のお皿)が大腿骨末端の滑車溝より外れた状態を膝蓋骨脱臼といいます。小型犬では主に内側に脱臼する内方脱臼、大型犬では外側に外れる外方脱臼に遭遇する機会が多いですが、全症例の75〜80%は内方脱臼との報告もあります。また内方脱臼・外方脱臼両方認められる膝蓋骨脱臼もあります。
診断は歩行検査、触診による膝蓋骨脱臼の確認・グレード分類( Singleton分類)・骨格変形・前十字靭帯断裂の確認、レントゲン検査による脱臼方向の確認・大腿骨や脛骨の骨格の変異の有無・変形性関節症や前十字靭帯断裂の有無について確認します。
グレード分類(singleton分類)
・Grade1:膝関節の伸展時に触診にて脱臼させることが可能な状態で、手を離すと自然と元に整復される。特に臨床症状は認められないことが多く膝蓋骨脱臼があることに気付く事はほとんどないが、ワクチンなどの健康診断時に行う触診や、スキップ様の歩行や後肢の急性痛・挙上で受診して診断される場合も多い。
・Grade2:膝蓋骨は一般生活上で自然に脱臼をしていることが多く、同時に自然に整復されていることが多い。触診では容易に膝蓋骨の脱臼・整復が可能となる。軽度の骨格変形が認められるようになり、進行していくとGrade3 へ移行する可能性もある。このレベルでも一般生活への支障が出ず気づかないことも多い。
・Grade3:膝蓋骨は常に脱臼しており触診にて脱臼を整復する事は可能だが、整復 後手を離すとすぐに再脱臼してしまう状態。大腿骨や脛骨にて重度の骨格変形が認められる場合も多い。この頃になると跛行が認められるようになり、生活にも支障が出始める。
・Grade4:膝蓋骨は常に脱臼しており、触診でも整復ができない状態。先天的重度の膝蓋骨脱臼で認められることが多く、早急な外科的矯正が求められる。
治療法は外科療法・内科療法があります。当院ではGrade2以上の症例で外科療法をご相談させていただいており、Grade3以上の症例ではより積極的な外科療法を提案しております。当院では触診や歩行検査・レントゲン検査など総合的に診断して滑車溝造溝術・縫工筋や内側広筋の解放・関節包のリリースおよび縫縮・脛骨粗面転移術・脛骨内旋制動術・大腿骨矯正骨切術などの手技を複数組み合わせた手術法について提案しております。
大腿骨頭壊死(レッグ・カルべ・ペルデス病)
トイプードルやテリア種などの小型犬によく見られる病気で4〜8ヶ月例の若齢期に認められます。片側での発症が多いですが、12〜16.5%で両側にみられています。大腿骨頭に非炎症性の虚血壊死が起こり大腿骨頭に負重がかかることにより大腿骨頭が崩壊し、その後の骨の修復過程で大腿骨頭や骨頚部に変形が起こり股関節の痛みとなって症状が現れます。診断は犬種や年齢(月齢)、歩行検査、触診(股関節伸展時痛・患肢の大腿部周囲筋の低下など)、レントゲン検査(大腿骨頭や骨頚部の骨密度の低下や骨折の確認・大腿骨頭の扁平化・大腿部周囲筋の廃用性萎縮など)、CT検査(初期はレントゲン検査にて診断が困難な場合がある)にて評価を行います。
治療は基本的に外科療法が選択され、大腿骨頭切除術にて疼痛緩和を図りますが、状況により股関節全置換術(人工関節への変更)を選択する場合もあります。
前十字靭帯断裂
前十字靭帯とは膝関節の中の大腿骨と脛骨を結ぶ強靭な靭帯の一つで、膝関節の安定を保つ支持機構の一つです。 主な働きは大腿骨に対して脛骨が前方へ変移する(ずれる)ことを防ぐ役割があります。前十字靭帯断裂とはこの前十字靭帯が切れた状態であり、膝関節の安定が損なわれてしまいます。
そのため断裂する前のような膝への負重が困難となり跛行や挙上が認められます。ただし以前は交通事故などの急性断裂が診断されていたため跛行や挙上が認められていましたが、最近は獣医学の発展により股関節形成不全や膝蓋骨脱臼などの基礎疾患や肥満などにより経時的な前十字靭帯への負担がかかり発症する慢性断裂の診断が多くなり、顕著な跛行や挙上を示さない症例も認められます。
比較的大型犬で認められる病気ですが、最近では小型犬や中型犬でもよく診断されています。診断は歩行検査、触診(膝関節進展時痛・脛骨前方引き出し試験・脛骨圧迫試験・クリック音の確認による半月板損傷の有無など)、レントゲン検査(脛骨前方変位の有無・関節液増量所見(ファットパッドサイン)の評価、変形性関節症の確認など)、関節鏡検査などで評価いたします。治療は内科療法・外科療法とございますが、基本的に外科療法により膝関節の安定化を図ります。
一般的な手術法としては関節外法(ナイロン糸を用いて脛骨が前方へ変位しないように固定する方法)がございますが、現在では脛骨高平部骨切り術(TPLO)や脛骨粗面前方転移術(TTA)などの手術法で関節外法よりも良好な手術成績が得られていますのでそちらをご紹介する機会が増えています。
椎間板ヘルニア
椎間板とは椎骨(背骨)と椎骨の間にあるクッションの役割を果たす物質です。その椎間板が椎骨の中央部の穴(脊柱管)の中を走行している脊髄神経を圧迫し、神経麻痺を引き起こす病気です。脊髄神経を圧迫する椎間板の状況によりハンセン1型およびハンセン2型と分類されます。
ハンセン1型:椎間板背側の外周の線維輪が破け、中央部に存在する髄核が背側へ逸脱して脊髄神経を圧迫している状態。軟骨異栄養性犬種(ミニチュアダックスフンド・シーズー・ペキニーズ・コッカースパニエル・コーギーなど)に好発。
ハンセン2型:椎間板の変性により髄核の逸脱がなく線維輪が脊髄を圧迫している状態。加齢に伴う線維輪の変性・弾力低下などが原因で椎間板の変性が生じるため、高齢で慢性経過を辿ることが多い。
胸腰部椎間板ヘルニアでは脊髄障害の程度によりグレード分類を行い評価いたします。
Grade1:神経学的検査にて明らかな異常は認めらないが、背中を丸めたり疼痛を認める
Grade2:歩行時にフラつきなどの症状が認められ、神経学的検査にてナックリングなどの異常が認められる。
Grade3:後肢の完全麻痺が認められるが自力排尿は可能であり、浅部痛覚(皮膚表面の痛みを評価するテスト)は認められる。
Grade4:後肢の完全麻痺の状態で自力排尿も浅部痛覚も認められないが、深部痛覚(骨をつまんで痛みを評価するテスト)は認められる。
Grade5:深部痛覚テストも痛みを感じない状態
椎間板ヘルニアの主な症状はヘルニア部位(主に頸椎・胸腰椎など)における痛みが認められ、重症化するとフラつきや麻痺などの歩行障害、尿漏れなどの排尿障害や排尿困難が認められます。診断は脊髄造影法を用いたレントゲン検査・CT検査・MRI検査などがございます。当院では他の脊髄疾患(脊髄軟化症など)の可能性を否定する目的でMRI検査にて確定診断を行う機会が多いです。
治療法としては内科治療および外科治療が選択されます。基本的にはGrade2までの椎間板ヘルニアでは内科治療を中心に経過を観察していますが、Grade3以上では積極的に外科治療を提案しています。ただし外科治療しても100%歩行可能に回復することはなく、術前のグレード分類の結果や手術を行うまでの間に負った脊髄の神経細胞の障害の程度で回復率は変わってきます。
脊髄軟化症について
脊髄軟化症とは脊髄疾患の一つで、椎間板ヘルニア発症時に逸脱した椎間板により脊髄の神経細胞に重度のダメージを引き起こし脊髄神経自体が壊死してしまい脊髄実質が軟化します。この病態を脊髄軟化症と呼び、Grade 4〜5症例の5〜10%で発症する可能性があると報告されています。
脊髄軟化症は現在の獣医学では確立された有効な治療法はなく、椎間板ヘルニア発症後2週間以内に発症し、発症後急速に症状は進行します。脊髄軟化症発症後7日間以内に前肢麻痺→呼吸麻痺と進行し最終的には呼吸不全で死に至ると言われれています。現在ではMRI検査にて脊髄軟化症の診断がある程度予測することが可能と言われていますが、初期の病態では診断が極めて困難です。
脊髄軟化症は椎間板ヘルニアの手術との因果関係はないと言われていますが、椎間板ヘルニアの手術後に発症することもあります。特にGrade 4〜5の椎間板ヘルニアの手術を行う場合は事前に脊髄軟化症についてご説明させていただき本病態についてご理解いただけるように注意しております。