眼科の代表的な症例
CASE
角膜損傷(角膜穿孔・デスメ膜瘤・角膜潰瘍)
角膜とは眼球の約20%を占める血管のない透明な膜で、上皮・基底膜・実質・デスメ膜・内皮で構成されています。上皮は約7日、実質は2年で入れ替わることで透明性が維持されています。また角膜には知覚神経が無数に分布していますので、障害を受けると激しく痛みを感じます。角膜損傷とはこの角膜が外傷や熱傷・感染症・角膜や結膜内への異物混入・物理的刺激・ドライアイ(乾燥性角結膜炎・KCS)などにより損傷を受けた状態で、角膜のどの部位まで損傷を受けたかによって重症度・病名が変化します。角膜損傷の主な症状は羞明(目をショボショボしている)・重度の流涙・大量の膿性眼脂・結膜の充血や浮腫・瞬膜の充血や浮腫・角膜白濁・角膜浮腫などです。
診断は視診(眼脂・流涙・羞明など)・スリットランプ(細隙灯検査)・フルオレセイン試験(角膜染色検査)などを行います。また慢性経過や難治性の場合は受傷部分の細菌培養・感受性試験や細胞診などを行い原因を特定する場合もあります。
治療は抗生物質や抗炎症剤・角膜保護剤などの点眼薬及びエリザベスカラーを用いた治療が中心となりますが、難治性の場合は自己血清・他家血清点眼による点眼治療や動物用コンタクトレンズを用いた角膜保護や外科的処置による瞬膜フラップ法・結膜フラップ法・角膜格子状切開術・角膜縫合・角膜移植などを行う場合もあります。ただし当院で対応できる治療法(特に外科療法)には限りがございますので、必要に応じて眼科専門医の受診をご提案させていただきます。ほとんどの角膜損傷は点眼薬とエリザベスカラーの装着にて十分改善できます。特に重要なことは早期発見・早期治療になりますので、眼に対して違和感が見られた場合はすぐにご相談ください。
ぶどう膜炎
ぶどう膜とは眼を構成する3層の膜の一つです。眼には角膜・強膜、ぶどう膜、網膜の3層の膜があり、ぶどう膜は中間層の膜です。さらにぶどう膜は虹彩・毛様体・脈絡膜から構成されています。ぶどう膜の主な働きは眼に対して血液や栄養素を供給しています。虹彩はカメラで例えると絞りの部分で、眼の中に入ってくる光量を調節しています(瞳孔の調節)。毛様体は眼房水を産生したり、水晶体厚みを調節しながら遠近調節行なっています。ちなみにこの眼房水が眼の栄養源となります。脈絡膜は非常に血管が豊富で眼球や網膜に栄養を供給する役割を果たしています。ぶどう膜炎とはこれらぶどう膜の炎症で、大きく前部ぶどう膜炎(虹彩・毛様体)と後部ぶどう膜炎(脈絡膜)の2つに分けることができます。なお、ぶどう膜炎は非常に診断と治療が難しい疾患であり、視覚喪失する可能性も十分に考えられる病気です。診断(原因の特定)と治療には細心の注意が必要と言われています。
ぶどう膜炎を発症する原因は様々なものがあります。主な原因として特発性(原因不明)、外傷性(角膜潰瘍・角膜穿孔など)などが多く認められますが、その他にも感染性(細菌性・ウイルス性)、免疫介在性疾患、内分泌疾患(糖尿病・高脂血症・甲状腺機能亢進症など)、白内障、緑内障、リンパ腫、子宮蓄膿症、薬物中毒など多種多様の原因があります。主な症状は縮瞳(瞳孔が小さくなっている)・眼痛・結膜充血・羞明・流涙・眼脂・角膜浮腫・眼圧低下など他の眼病とほとんど変化はありません。その中でも縮瞳がと眼圧低下が最も判断しやすい症状と考えられます。
ぶどう膜炎の診断は視診(縮瞳の確認)、スリットランプ(細隙灯検査)、眼圧測定などを中心に判断します。また片眼性か両眼性かを判断することにより眼局所の疾患なのか全身性の疾患なのかを判断する参考にもなります。治療は原因を特定し、原因療法を中心に治療方針を組み立てますが、原因療法とは別に抗炎症剤(ステロイド・非ステロイド)や抗菌剤の点眼薬にて治療を行います。ぶどう膜炎は視覚喪失を伴う可能性もある非常に重要な病気です。早期発見が治療を行う上での重要なポイントとなります。眼を見て気になることがございましたら早めに受診することをお勧めいたします。
白内障
白内障とは「水晶体といわれる眼球内のレンズが何らかの原因により混濁」した状態です。ペットフード工業会によると、我が国の犬の飼育頭数は約1200万頭で、そのうちの約14万頭が白内障を罹患していると報告されています。
白内障の原因は様々ですが、多くは「加齢」もしくは「遺伝」によるものといわれています。遺伝性や加齢性以外で発症する白内障の原因として眼疾患(水晶体脱臼・ぶどう膜炎・緑内障など)に続発するもの、外傷性(ケンカなど)、代謝性(糖尿病・甲状腺機能低下症・副腎皮質機能低下症など)、栄養性(アルギニン欠乏など)、薬剤性、紫外線の影響などにより併発することも報告されています。また犬は比較的白内障の発症が認められますが、猫の白内障は犬と比べると非常に少ない傾向があります。遺伝的好発犬種として「コッカー・スパニエル」、「トイ・プードル」、「ヨークシャー・テリア」、「キャバリア」、「マルチーズ」、「ミニチュア・シュナウザー」、「シー・ズー」、「柴犬」などがよく知られており、若齢〜老齢まで年齢に関係なく発症すると報告されていますが、加齢性の場合は犬種に関係なく7〜8歳ごろより症状が認められる傾向があります。
白内障は症状の進行度合によって、
①初発白内障
②未熟白内障
③成熟白内障
④過熟白内障
に分類されます。
①初発白内障は名前の通り初期の白内障で、飼主様が発見できるレベルではなく獣医師による眼科検診で発見する機会が多いです。水晶体にうっすらと混濁が認められますが、日常の生活に支障が出ることはまずありません。
②未熟白内障は飼主様でも注視すれば発見できるレベルになります。水晶体に部分的な白い混濁が認められ、白濁の部分によっては視覚障害が出ている可能性が否定できません。いわゆる「かすみ目」の状態です。ちなみに白内障の手術を考える場合はこの時期が一番適正な時期と言われています。
③成熟白内障になると水晶体が完全に混濁し、視覚喪失に陥ります。ただし室内の明暗などは理解できている場合が多く、視力は維持されていることが多いと言われています。そのため白内障手術を行うことは可能ですが、この時期の手術は術後合併症のリスクが高まります。
④過熟白内障は遠くから見ても白内障が簡単に判断できるレベルです。この時期の水晶体は萎縮や硬化、縮小が認められ水晶体周辺で様々な合併症を引き起こす可能性があります。この時期の白内障手術は原則不可能であり、通常は眼球自体を如何に温存するかを考えていく時期になります。
治療は内科と外科に分かれます。内科的には点眼薬や内服薬がありますが、いずれも効果は非常に乏しいです。内科療法では将来的な白内障の進行を抑える作用が期待されており、一度白くなった眼を元の状態に戻すことは出来ません。外科的には眼球に特殊な針を刺してを水晶体の混濁した部分を取り除き人工レンズを挿入する「超音波乳化吸引術」がありますが、非常に高度な技術を要するため眼科の専門医による手術となります。
また術後合併症を避けるために長期間のカラーの装着および点眼・内服治療が必須となります。そのため飼主様の管理能力および手術を受ける犬および猫の性格などを考慮した上で手術を検討いたします。ちなみに当院では白内障の手術について対応しておりません。白内障手術をご希望の場合は手術が可能な2次診療施設および眼科専門医をご紹介させていただいております。
また、白内障と非常によく似た病気で「核硬化症」という病気もあります。5歳を過ぎた頃から水晶体の中央が青白く見えるようになっていきます。これは「老化現象」の一つで水晶体は混濁しますが視覚を失うわけではないために、白内障とはいわずに核硬化症と診断されます。水晶体の上皮細胞が生涯に渡って作り続ける繊維細胞の蓄積と、不溶性タンパク質の増加によりα-クリスタリンが強固な網目構造を作ることなどが水晶体の老化現象の原因だといわれています。核硬化症は老化現象のため治療法は特にありません。
私たち人間は視覚に大きく依存して生活しているため、失明に至ると生活に大きな支障をきたします。しかし犬や猫は人間とは違い嗅覚や聴覚が非常に発達しているため、眼が見えていなくても嗅覚や聴覚で物の位置を判断したり、飼主様のことを認識できているといわれています。白内障になると多少は壁にぶつかったりすることがあると思いますが、そこまで生活に支障にはならないようです。ただし日常生活を送る上で視覚は非常に重要です。視覚喪失状態にならないように飼主様の日々の健康チェックは非常に重要です。白内障に関しましてご不安・ご質問等ございましたらお気軽に当院までご相談ください。
緑内障
緑内障とは眼内圧の上昇により一時的、あるいは永久的に網膜や視神経が障害され、視覚を失ってしまう眼疾患です。角膜と水晶体の間には前眼房と言われるスペースがあり、前眼房の中で「前眼房水」と言われる液体が絶えず還流しています。緑内障発症時は前眼房にある前眼房水の出口(隅角)が何らかの影響で閉塞してしまい、眼球内に液体が過剰に貯留していきます。例えると水風船(眼球)に液体(前眼房水)が溜まり過ぎてパンパンになっている状態です。
緑内障の初期症状は、「羞明(眼をショボショボする)」、「淡い結膜の充血」など他の眼疾患の初期症状と変わりないため診断が困難です。症状が進行すると持続する眼内圧の上昇に伴って「激しい眼疼痛」、「結膜充血」、「流涙症」、「瞳孔散大」、「角膜混濁」、「元気・食欲の低下」などを示すようになります。また牛眼といって眼が膨張し、眼球自体が大きくなってしまうことがあります。正常な眼内圧は10~25mmHg前後ですが、緑内障になり眼内圧が30mmHg以上の高眼圧が持続すると、早い場合は1日、2日で永久的に視覚を失ってしまいます。そのため眼を痛がっている場合はご自宅で経過観察せず、直ぐに受診することを強くお勧めいたします。
緑内障は「原発性」と「続発性」に分類されます。犬における原発性緑内障は遺伝的な要因を持つ犬種に認められます。代表的な犬種だと「柴犬」、「シー・ズー」、「アメリカン・コッカー・スパニエル」、「マルチーズ」、「ビーグル」、「テリア種」などです。特に8歳以上で高齢の雌の柴犬で好発しています。猫ではペルシャ猫やシャム猫が遺伝的に緑内障の発症リスクがあるといわれています。また、短毛の猫で発症しやすいという報告もあります。通常、犬や猫の緑内障は片眼だけ発症することが多く、両眼同時に発症することは多くありません。
しかし発症していない反対眼に将来的に緑内障が発生する危険性は高いと報告されていますので、予め正常の反対眼にも注意が必要です。また続発性緑内障は他の疾患(ぶどう膜炎・水晶体脱臼・眼内腫瘍・外傷など)に併発して眼圧が上昇します。そのため緑内障の原因となった疾患の治療を優先する必要があります。
緑内障の診断は視診による眼全体の詳細な確認および触診による眼圧の上昇の確認です。ただし触診では正確な眼圧は判断できませんので、当院では眼圧計を使用して正確な眼圧を測定し、最終的な緑内障の評価を行います。また隅角鏡による隅角の精査や眼底鏡を用いた眼底鏡検査にて緑内障の原因や重症度を判断する場合もあります。
緑内障は重症度により「治療により視覚回復が期待できる」、「治療により視覚回復が困難」に分けることができますが、当院では原則として「治療により視力回復が期待できる」ことを前提で治療を進めていきます。当院では現在視力回復を期待した緑内障の手術を行うことができません。そのためまずは内科的な治療を試みます。内科治療では利尿効果のある薬剤を静脈点滴や内服薬にて投薬し前眼房水を減らし眼圧を低下させたり、点眼薬を用いて眼圧のコントロールを行っていきます。この治療に反応しない場合や来院時にすでに不可逆的な視力喪失と判断される眼には、眼の痛みに伴うストレスや苦痛を取り除く治療に変更し継続治療を行なっていきます。ただしそれでも眼疼痛のコントロールが困難な場合には眼球摘出手術や義眼を入れるシリコンインプラント挿入術を検討していきます。
残念なことに多くの場合、病院で緑内障と診断した時点ですでに失明していることが多く見られます。原因として考えられるのが初期の緑内障は我々獣医師でも視診や触診では診断が困難なため飼主様はおそらく気づかないでしょう。症状が悪化して初めて異常に気づき受診する場合が多いため、受診時には重症化している場合が多いと考えられます。当院では点眼麻酔が不要の眼圧計がありますので、比較的気軽に眼圧を測定することが可能です。緑内障による失明を防ぐ最も重要なことは早期発見です。当院では角膜障害を伴わない眼疾患や健康診断などで一緒に眼圧測定を行うことを推奨しております。緑内障や眼圧測定に関するご質問等ございましたらお気軽に当院獣医師までお問い合わせください。