腫瘍科の代表的な症例
CASE
リンパ腫(悪性リンパ腫、リンパ肉腫)
リンパ腫は、身体のどこのリンパ節が腫瘍化するかによって症状が異なります。
「多中心型リンパ腫」では下顎や浅頸部・腋下・内股・膝裏など、体表のリンパ節が腫れるほか、元気や食欲の低下がみられることがあります。症状が進むにつれて食欲不振や嘔吐・下痢・努力性呼吸などの症状がみられるようになり、末期では貧血や体重減少・呼吸困難などの症状がみられ、免疫力が低下し肺炎などの感染症にかかりやすくなります。
「消化器型リンパ腫」では消化管自体もしくは消化管のリンパ組織やリンパ節が腫れるもので、これにともない食欲不振や嘔吐、下痢などの消化器症状が見られます。
「皮膚型リンパ腫」では、皮膚に腫瘍が現れるもので、様々な大きさのできものや紅斑、脱毛など、様々な皮膚病変が見られます。皮膚型は、皮膚に腫瘍ができる脂肪腫や肥満細胞腫などの他の腫瘍や皮膚病などと見分けがつかないことがあります。
「縦隔型リンパ腫」では、胸腔内にあるリンパ組織が腫れるもので、これにともなって頻呼吸(呼吸の回数が増加すること)、咳やチアノーゼなどの呼吸器症状が見られます。
リンパ腫が発症する原因は解明されていません。犬にもっとも多いのが「多中心型リンパ腫」で、リンパ腫の約75〜80%を占めます。好発犬種としてゴールデン・レトリーバー、ラブラドール・レトリーバー、ボクサー、セント・バーナードなどが挙げられていますが、全ての犬種で発症する可能性があります。
リンパ腫は細胞診検査や病理検査による確定診断を行なった上で治療方針を決定していきますが、当院ではおもに化学療法(抗がん剤投与)をご提案することが多いです。また症例の体調やリンパ腫のタイプなど様々な状況を考慮した上で外科手術や放射線療法をご提案する場合もあります。当然のことではありますが、リンパ腫の発症により認められる症状に対する対症療法を同時に開始していきます。
化学療法では人の腫瘍の治療でも使われる何種類もの抗癌剤が犬のリンパ腫の治療にも用いられています。リンパ腫における化学療法は他の悪性腫瘍の抗癌剤での治療と比べ抗癌剤に対する反応は非常に良く、化学療法を行った症例のうち80%以上の症例で効果が認められます。また抗癌剤を行った症例の半数において1年以上の生存が期待できます。また20%において2年の生存率が期待できます。抗癌剤には腫瘍に対して非常に効果が期待できるが副作用のリスクが高い薬、逆に腫瘍に対しての効果的は限定的だが副作用のリスクが低い薬など様々なタイプの抗癌剤があります。
当院において化学療法にてリンパ腫の積極的な治療をおこなう場合、腫瘍細胞の細胞分裂の各ステージに対してそれぞれ攻撃する数種類の抗癌剤をプロトコル(治療計画)に沿って毎週投与する「多剤併用療法」が主流となっています。この多剤併用療法は腫瘍に対する治療効果が高い反面、副作用のリスクも高く、抗癌剤を使用する場合は必ず事前に血液検査等で貧血や白血球数(主に好中球数)・血小板数・腎臓・肝臓などの項目を随時チェックし、副作用の発現を防止する必要があります。また各症例の体調や症状・体力などを考慮し、飼主様との相談の上、1種類の抗癌剤のみで抗がん剤治療を行う場合もございます。
リンパ腫は発症の原因が不明ですので予防は困難です。したがって、早期発見と早期治療が何より大切です。日頃から体表面のリンパ節を含め、全身の皮膚に腫れやしこりがないか、ボディチェックを行うことが大切です。
肥満細胞腫
肥満細胞腫は犬の皮膚腫瘍では1番目に多く、猫では2番目に多い悪性腫瘍です。肥満細胞腫は外科手術による切除のみで根治可能なものから、早期に再発または遠隔転移を起こす致死的なタイプのものまで多種多様の経過を辿ります。肥満細胞腫について説明する時によく飼主様より「体型が肥満だから肥満細胞腫になったんですか?」と質問を受けることが多いですが、肥満細胞腫と肥満は関係ありません。肥満細胞腫とは「肥満細胞」というアレルギーや炎症などに関与している細胞がガン化して増殖した腫瘍です。肥満細胞には「ヒスタミン」と呼ばれるアレルギーに関与する顆粒をたくさん含んでおり、肥満細胞が大量に破壊されると血中に大量のヒスタミンが放出され突然死の原因になることもあります。
犬ではほとんどが皮膚に発生し、消化管や脾臓など他の組織発生することは稀です。幅広い年齢で発生し、あらゆる犬種で発生しますが、ラブラドール・レトリバー、ゴールデン・レトリバー、ボストンテリア、ボクサー、パグ、ダックスフントなどで多く認められます。一方で、猫の肥満細胞腫は皮膚(主に頭頸部)と内臓(脾臓や腸管)に発生します。皮膚の肥満細胞腫は、犬とは違い緩やかな経過をたどることが多く、外科手術単独で完治することが多いと報告されています。
肥満細胞腫の診断は、病変の針生検による細胞診にて行います。特徴的な細胞診所見から診断は比較的容易に行えます。肥満細胞腫の治療は外科手術が第一選択となります。十分なサージカルマージン(腫瘍細胞から切断面までの余白)をとる必要があるため、手術創は大きくなる傾向があります。外科手術に抗がん剤治療や放射線治療などの補助治療を追加するかどうかは「完全切除の有無」、「病理組織学検査による悪性度合い」、「臨床ステージ」の3つの項目によって変わります。
「完全切除の有無」に関して、肥満細胞腫は外科治療によって根治可能な機会が多い腫瘍ですが、十分なサージカルマージンをとる必要があります。不完全切除であれば、局所再発するリスクが高くなるため、追加治療(再切除あるいは局所放射線治療)が強く推奨されます。また、組織学的悪性度が高ければサージカルマージンの大きさに関わらず再発リスクが高いという報告もあります。「病理組織学検査による悪性度合い」に関して、病理組織学検査によって得られる組織学的悪性度は最も信頼性のある予後因子です。悪性度が高ければ、手術後に補助療法が必要になる場合もあります。
犬の皮膚型肥満細胞腫に対しては、グレードⅠ(高分化型)、グレードⅡ(中程度分化型)、グレードⅢ(低分化型)の3つに分類するPatnaik分類がよく利用されてきました。しかし,最も頻繁に診断されるグレードⅡの予後に一貫性がないことから、解釈が難しく利用しづらいものでした。この問題点を解消したのが、低グレードと高グレードの2段階に分けるKiupel分類です。Kiupel分類では、グレード間で明らかな予後の差があり、正確な予後判定が可能となります。「臨床ステージ」に関して、腫瘍の進行や広がりを評価することで、予後予測や治療方針の決定に利用できます。ほとんどの転移性の肥満細胞腫はまずリンパ節に転移し、その後肝臓や脾臓に転移します。
以上、「完全切除の有無」、「病理組織検査による悪性度合い」、「臨床ステージ」のこれらの3つの項目を評価することで治療方針を決定します。また犬の肥満細胞腫の場合、会陰部・陰嚢・包皮・指・粘膜皮膚境界部・鼻鏡に発生した場合や発見時の腫瘍の大きさが3cmを超えている場合は悪性度が高いと推測をすることができます。また猫に関しましては先ほども述べたとおり、外科手術により治癒する良性腫瘍の可能性が比較的高く多発性の肥満細胞腫でも転移する可能性は比較的低いと考えれています。ただしまれに猫の肥満細胞腫は外科切除後も何度も再発することを経験しています。
犬も猫も肥満細胞腫は早期発見・早期治療が非常に重要な腫瘍です。特に犬において生命に影響する可能性も十分にある怖い病気です。日頃より身体全体を触ってしこりがないかご注意いただき、しこりを発見した場合は早急に受診してください。
乳腺腫瘍
犬の乳腺腫瘍は、雌犬で最も多く認められる腫瘍で高齢期(10〜11歳以上)に発生します。乳腺腫瘍の発生・発育は女性ホルモンに依存すると考えられており、早期に避妊手術をすることで、乳腺腫瘍の発生率を減らすことが可能という報告もあります。犬の乳腺腫瘍は良性腫瘍の可能性50%、悪性腫瘍の可能性50%、さらに悪性腫瘍のうちその半分(全体の25%)が早期の外科手術でリンパ節転移が防ぐことができ(根治可能)、リンパ節転移を伴っている悪性乳腺腫瘍は全体の25%程度と言われています。そのため比較的初期に発見した乳腺腫瘍の場合、良性乳腺腫瘍や悪性乳腺腫瘍に関わらず早期の外科手術で根治する可能性がある腫瘍と考えられています。
なお犬の乳腺腫瘍の中には最も悪性度が強い炎症性乳癌というタイプの悪性乳腺腫瘍があります。炎症性乳癌は乳腺腫瘍全体の10%を占めています。炎症性乳癌の場合、外科治療を行っても却って手術部位が重度の炎症や浮腫を引き起こし手術部位が癒合不全に陥る可能性が高く、原則手術不適と言われています。そのため乳腺腫瘍の手術を行う場合は炎症性乳癌の可能性を十分に考慮する必要があります。残念ながら炎症性乳癌の場合は対症療法のみの対応となり、予後が厳しいのが現状です。
猫の乳腺腫瘍は猫の腫瘍性疾患で3番目に多い病気です。猫の乳腺腫瘍も犬の乳腺腫瘍と同様に比較的中高齢の雌猫(平均年齢10〜12歳)での発生が最も多く、犬と同様に未避妊猫での乳腺腫瘍の発生が避妊した猫よりも多く、ある調査結果では避妊猫と比べ未避妊猫の発生が約7倍多かったという報告もあります。また猫の乳腺腫瘍の場合、良性腫瘍の可能性10%、悪性腫瘍の可能性90%で、ほとんどが悪性腫瘍と言われています。そのため早期に積極的な治療(片側ないし両側の乳腺全切除)を行う必要があります。
診察では触診にて乳頭周囲及び各乳頭間の乳腺組織に発生する腫瘤を確認していきます。乳腺腫瘍の病状の進行具合は「TNM分類」というもので判定していきます。T(乳腺腫瘍の大きさ)やN(リンパ節転移の有無)、M(遠隔転移の有無)を評価することで、治療目的を明確にし治療方針を決定します。腫瘍サイズが大きくなればなるほど,悪性腫瘍の割合が高くなり死亡リスクも高くなるため,早期切除が望まれます。
犬の乳腺は左右に5対の乳頭をもちます。この5対の乳頭を含む乳腺組織を外科的に切除するにあたり、腫瘍と周囲の乳腺組織のみを摘出する単一乳腺切除、腫瘍発生部位の乳腺を支配している腋下リンパ節や鼠径リンパ節などの領域全体の乳腺のみを切除する領域乳腺切除、左右いずれかの片側の乳腺を全て切除する片側乳腺全切除、左右両側の乳腺を全て切除する両側乳腺全切除など様々な術式があり、それぞれの術式によりメリット・デメリットがあります。当院では原則片側乳腺全切除を中心に手術計画を立てていきますが、患部が広範囲であったり、麻酔リスクの高いの症例の場合は様々なリスクを考慮し、片側乳腺全切除プラス反対側部分乳腺切除や単一乳腺切除・領域乳腺切除など、それぞれの症例に合わせてカスタマイズした手術をご提案することもあります。
乳腺腫瘍は手術前に良性か悪性かを正確に鑑別することは不可能ですが、悪性度の指標となるものの1つに腫瘍の大きさが挙げられます。乳腺腫瘍の直径が3cm以下の場合は、3cm以上の犬と比べて明らかに予後が良好であると報告されています。そのため乳腺腫瘍の直径が3cm以上の場合は外科手術が強く推奨されます。外科手術を行った場合、当院では必ず病理組織学検査を実施します。この病理組織学検査にて腫瘍の有無、腫瘍だった場合の良性・悪性の判断、悪性の場合には支配リンパ節への転移の有無などを確認し、手術後の治療計画を立てます。なお悪性腫瘍の診断が出た場合は化学療法(抗がん剤治療)や放射線療法について検討、ご相談させていただきます。ただし現時点では放射線療法についての効果について有効性が明らかではなく、基本的には化学療法にて経過を観察する機会が多いです。
乳腺腫瘍は早期発見・早期手術により生命のリスクを回避できる可能性が高い腫瘍です。ご自宅でも定期的に乳腺周囲を定期的に触っていただき、しこりを発見した場合はすぐに当院で受診してください。