血液科の代表的な症例
CASE
犬のフィラリア症(犬糸状虫症)
フィラリア症は、蚊によって媒介されるフィラリアという寄生虫が、犬に感染して心臓に寄生することで発症します。フィラリアは、そうめん状の白く細長い寄生虫で、感染は次のような順番で起こります。
①蚊がフィラリアに感染している犬を吸血したときに、フィラリアの幼虫(ミクロフィラリア)が蚊の体内に侵入します。
②ミクロフィラリアは蚊の体内で感染幼虫に成長。次にその蚊がほかの犬を吸血したときに、感染幼虫が蚊の刺し口から犬の体内(皮下)に侵入します。
③犬の体内(皮下)に入った感染幼虫は、脱皮をくり返して成長し、2~3か月ほどすると血管に到達します。そして、静脈血管の中をつたって心臓に到着し、右心室や肺動脈に寄生して感染が成立します。フィラリアは感染後半年ほどすると成虫となり、ミクロフィラリアを産生するようになります。その後は①~③を繰り返していきます。
フィラリア症の症状は、寄生しているフィラリアの数や寄生期間、犬の体の大きさや健康状態によって様々です。感染初期や少数寄生の場合、ほとんど症状はみられません。しかし、寄生されてから年月が経過すると、咳や息が荒くなるなどの呼吸器症状が徐々にひどくなり、四肢の浮腫(むくみ)、腹水などが見られ、散歩中に休む回数が増えるなど運動を嫌がるようになります。さらに進行すると、喀血(血を吐くこと)や失神を起こすようになります。
フィラリアが多数寄生している場合には、「大動脈症候群」(急性犬糸状虫症)と呼ばれる急性症状を起こすことがあります。この場合は上記の症状に加えて、血尿や呼吸困難によってパタッと倒れこむといった症状が見られます。
フィラリア症の治療方法(成虫駆除を目的とした治療方法)には、内科的療法と外科的療法があります。内科的療法は、薬剤によって体内のフィラリアを駆除する療法です。ただし多数感染の場合に一度に大量の虫を駆除すると、虫体が肺動脈に詰まって命にかかわるおそれがあるので、慎重に投与する必要があります。外科的療法は、心臓や大動脈に寄生したフィラリアを外科的手術で取り出す療法で、急性期のフィラリア症に用います。検査結果や体調、年齢などを考慮して、これらの治療が実施できないと判断する場合は、症状に応じて薬剤を用いて腹水を減らす、咳を抑えるといった対症療法をおこなっていきます。
フィラリア症の確実な予防方法は、月1回の予防薬を定期的に与えることです。フィラリア予防薬はフィラリアの幼虫が血管に到達する前に死滅させ、フィラリアが心臓に寄生するのを防いでくれるものです。このためフィラリア予防薬の一般的な投薬期間は、蚊の出始める時期の1ヵ月後から、出なくなった1ヵ月まで、とされています。
免疫介在性溶血性貧血(IMHA)、自己免疫性溶血性貧血(IHA)
なんらかの原因により自分の赤血球に対する抗体が産生され(=自己の物でないと認識され)、血管内や脾臓・肝臓・骨髄内などで赤血球が破壊される病気です。失われる赤血球と造血される赤血球のバランスが崩れると貧血が現われ、体内の各臓器は酸素欠乏状態となり障害を受けます。貧血の症状の激しさは、溶血のスピード(赤血球の壊されるスピード)に影響されます。溶血が短時間の内に起きると貧血に対する代償機能が働かないので、生命を脅かすほど危険な状態に陥ります。
貧血の一般的な症状として、口や舌の粘膜色が白くなったり、元気・食欲の低下、発熱が見られます。加えて、貧血が急激に起こっている場合は、血尿(血色素尿)や黄疸が確認されるようになります。また、運動時に疲れ易い、四肢の先が冷たくなるなどの症状が出ることもあります。他にも消化器症状(嘔吐、下痢)がみられることもあります。一部では「免疫介在性血小板減少症(IMT)」と一緒に発生するため、粘膜や皮下に内出血を示す「点状出血」を示すことがあります。
猫より犬で多くみられ、好発犬種として海外ではコッカースパニエル、アイリッシュセッター、プードル・オールドイングリッシュシープドッグなどが報告されています。日本ではまとまった報告はありませんが、マルチーズ・シーズー・プードルでの発症が多いようです。また、雌犬の発生率は雄犬の2~4倍といわれています。猫では猫白血病ウイルス(FeLV)の感染に関連して発生することが多く、性別や品種による違いはみられません。
この病気の診断は貧血のタイプの分類や赤血球に自己凝集(赤血球同士が結合する反応)が認められることや、赤血球表面に抗体が付着していることを証明する検査(直接クームス試験)、球状赤血球(赤血球の形態)の出現などを総合的に加味して診断を行います。
この病気は免疫が過剰に働きすぎてしまうことが発症の原因とされているため、一般的に「免疫抑制療法」を行います。通常、副腎皮質ホルモン剤(ステロイド)を初めに用いますが反応が悪い場合は、その他の免疫抑制剤が併用されます。また、重度の貧血では輸血を実施していきます。治療(投薬)は数カ月間要することがあり、治療中は免疫力の低下による感染や副腎皮質ホルモン剤の副作用に注意をする必要があります。
ただし上記の一般的な治療に反応しない場合は予後は悪く死に至るケースもあります。症状が急性なものほど致死率が高くなり、慢性の経過をたどる場合や再発を繰り返す場合もあります。特に重度の血尿や赤血球の自己凝集がみられるもの、血小板の減少を伴ったものは予後が悪い傾向にあります。
免疫介在性血小板減少症(IMT)、特発性血小板減少性紫斑病(ITP)
免疫介在性血液疾患とは、異常な免疫反応により正常な赤血球、血小板などが本来の寿命より早く破壊され、急性から慢性の経過を経て血球減少を引き起こす疾患の一つです。動物医療では特に犬における「免疫介在性溶血性貧血(以下IMHA)」や「免疫介在性血小板減少症(IMT)」が代表的です。IMHAとIMTはしばしば同時に発症しますが、これを「エバンス症候群」と呼び、より死亡率が高くなり治療が難しくなります。
IMTが発生した場合は著しい血小板減少により止血機能が低下し、全身性の出血が生じます。最も多いものが皮膚や粘膜の点状出血や「紫斑」であり、「特発性血小板減少性紫斑病(ITP)」とも呼ばれます。その他に消化管出血による血便などの下血、鼻出血も多く、血尿、眼の中の前眼房出血、喀血、吐血がみられることもあります。また、皮膚病を掻き壊した際や小さな傷、爪切りでの出血が止まらないなど、動物病院での採血の際に止血しにくいなどで偶然この病気が発見されることもあります。
皮膚、粘膜でみられる点状出血や紫斑などの出血傾向を示す臨床症状でIMTを疑い、血液検査で血小板が減少していることと、顕微鏡検査によって血小板や血球の形態を観察して診断を進めていきます。なお、血液検査の際には血小板以外の出血傾向に関わる血液凝固因子の不足がないかどうかを確認する作業も必要になります。主にPT(プロトロンビン時間)、APTT(活性化部分トロンボプラスチン時間)、フィブリノーゲン, FDP、Dダイマーといった項目を調べていきます。IMTで重度の出血が広範囲に起きた場合には血栓塞栓症や「播種性血管内凝固(DIC)」(全身の毛細血管に細かい血栓ができること)による血小板消費が考えられるため、必要に応じて上記の血液凝固・線溶系の検査を実施していきます。
治療は早期の寛解を目指す「免疫抑制療法」と、悪化してしまった全身状態を維持するための「支持療法」を並行して行っていきます。IMTは致死率の高い緊急疾患であることが多く、いずれの治療も積極的かつ迅速な対応が必要となります。
貧血が重度である場合や、IMTとIMHAが併発するエバンス症候群において、貧血が生命に影響を与えるほど重度の場合には失われた赤血球と血小板を補うために、支持療法として「全血輸血」が必要になることがあります。
IMTを寛解導入させるためには副腎皮質ステロイド製剤を中心とした免疫抑制療法を行っていきますが、重度のIMTの場合は免疫抑制効果を増強してステロイドの副作用を減らすために、ステロイドとは作用の仕組みの異なる免疫抑制剤のシクロスポリンやミコフェノール酸モフェチルなどを併用することもあります。
血小板数が増加して基準値に到達した場合は、ステロイドを徐々に減らしていきますが免疫抑制療法そのものは維持していきます。ただしIMTの症状の消失は完治ではなく、あくまで寛解であることに注意が必要です。また、薬を減らすと再発することも多いため、軽症例では3か月以上、重症例では約半年以上を目安に継続しますが、場合によって治療は年単位の長期間に及ぶことがあります。