皮膚科の代表的な症例

CASE

膿皮症

膿皮症は皮膚科診療のなかでも最も遭遇する皮膚細菌感染症で、皮膚の常在菌のひとつである「黄色ブドウ球菌」が何らかの影響で異常繁殖し、膿疱(ニキビみたいなもの)や発疹・痒み・脱毛などの症状を示す皮膚病です。一般的には梅雨前後〜初秋にかけての高温多湿な環境が皮膚に大きな負担を与え、皮膚のバリア機能が低下し膿皮症を発症する傾向がありますが、体質(食物アレルギー・アトピー性皮膚炎・脂漏症など)、寄生虫疾患(ニキビダニ・疥癬など)、内分泌疾患(クッシング症候群・甲状腺機能低下症など)糖尿病、肝臓病といった皮膚のバリア機能に影響を与える基礎疾患が二次的に膿皮症の発症要因となる場合も多々遭遇いたします。

膿皮症は体幹(背中・胸部・腹部など)や足の付け根(脇・内股)など様々な場所に発症します。通常、人間も含め動物の皮膚表層には多数の細菌が存在します。ただし通常皮膚はいくつもの層(表皮・真皮・皮下組織など)から構成されており、この多層構造が皮膚のバリア機能を構成し、細菌や真菌などの微生物の侵入を防いでいます。しかし上記のような様々な要因により皮膚のバリア機能が低下・崩壊し細菌が侵入すると膿皮症が発症します。 なお膿皮症は炎症を起こしている皮膚の部位により大きく3つに分類がされており、皮膚の表層のみに細菌が感染した「表面性膿皮症」、表面の角質層から毛根付近まで細菌が達し脱毛や膿疱・痒みなどが認められる「浅在性膿皮症(表在性膿皮症)」、更に皮下組織付近にまで細菌が侵食し重度の痒みや潰瘍・出血を伴う「深在性膿皮症」と皮膚における細菌感染の深度で診断名が変わります。一般的に犬の膿皮症では「表面性膿皮症」と「表在性膿皮症」が多く認められています。

膿皮症の主な診断は視診による皮膚病(表皮小環・膿疱・発赤・鱗屑・丘疹・脂漏・脱毛・掻痒・潰瘍・出血など)の確認です。また前述の通り基礎疾患が発症の根底に隠れている可能性もありますので、血液検査による内分泌疾患や肝臓疾患の確認、アレルギー検査による環境アレルギーや食物アレルギー・アトピー体質の確認、皮膚搔爬検査による寄生虫の確認、皮膚スタンプ検査などによる細菌・真菌感染症の確認を行います。また慢性的に膿皮症を発症している場合は正確な抗菌薬の選択のために細菌培養同定検査や抗菌薬に対する薬剤感受性試験などを行います。

治療は前述の診断により使用する薬剤の決定を行います。基本的には抗菌剤の内服治療と薬用シャンプーによるシャンプー療法を中心に治療計画を立てますが、基礎疾患が確認された場合は基礎疾患の治療も同時に行います。なお表面性膿皮症など症状が軽度の場合は外用薬やシャンプー療法単独による治療を選択する場合もあります。抗菌剤の内服に関して、皮膚の症状を確認しながら通常は3〜6週間の内服治療を行います。

膿皮症の予防は皮膚を清潔に保つことが最も重要です。当院では定期的なシャンプーや保湿、清拭による皮膚のバリア機能のコントロールです。なお皮膚の状態や症状に合わせて薬用シャンプーを使用することも推奨しております。また使用するベッドやソファー、毛布、カーペットなど室内環境の清浄化も膿皮症予防として重要です。
一般的に膿皮症は症状が一気に悪化するという特徴があり、早期の段階で治療を行うことが推奨されます。皮膚病は飼主様が比較的早期に発見できる病気の一つです。皮膚に関して気になることがございましたらお気軽に当院までご相談ください。

アトピー性皮膚炎

アトピー性皮膚炎とは環境アレルゲン(ハウスダストや花粉・カビ・雑草など)に体内の免疫が過敏に反応し、皮膚の掻痒や発赤・脱毛などの皮膚病を引き起こすアレルギー性皮膚疾患です。なお食物アレルギーによる同様の皮膚病のことを食物アレルギー性皮膚炎といいます。両者は同時に発症していることも多く、その場合は治療法も非常に複雑になります。

アトピー性皮膚炎の原因は「①アレルギーなどの遺伝的体質」・「②皮膚バリア機能の低下」・「③生活環境」などが考えられます。

①アレルギーなどの遺伝的体質について
「アレルギー」とは、体内に侵入した異物(食物・花粉・雑草・カビ・ハウスダスト・ダニ・ノミなど)を除去しようとする自分自身の免疫が過剰に反応し、結果的に自分自身を傷つけてしまう現象のことです。アレルギーを引き起こす異物のことを「アレルゲン」と呼び、アレルゲンになる物質は個々の体質により異なります。アトピー性皮膚炎の原因はアレルゲンに対する皮膚で発生する免疫の過敏反応ですので、このアレルゲンを特定することが理論上重要になります。ただしアレルゲンを特定するためには様々な問題もありますので、最終的には飼主様と相談させていただき判断いたします。

またその他の遺伝的体質としてアトピー性皮膚炎を発症しやすい犬種が知られています。代表的な犬種としては「柴犬」「フレンチ・ブルドック」「ウエスト・ハイランド・テリア」「トイ・プードル」「ヨークシャー・テリア」「ミニチュア・ダックスフンド」「ゴールデン・レトリーバー」「シー・ズー」が知られています。

②皮膚バリア機能の低下
アトピー性皮膚炎の原因の一つとして、皮膚のバリア機能が損なわれてしまうことにより皮膚から水分が蒸発し乾燥肌の兆候が出たり、皮膚内へ異物(アレルゲン)が侵入することで皮膚でアレルギー症状を引き起こし皮膚病を発症することが考えられています。

「皮膚のバリア機能」とは、『体内の水分が蒸発しないよう内部にとどめておく機能』および『外界の異物が体内に侵入しないよう防御する機能』のことを指します。体内からの水分蒸発予防には、皮膚最上部の角質層内にある「天然保湿成分」や、皮膚内部に埋め込まれている皮脂腺から分泌される「皮脂」が重要な役割を果たします。前者は水分を抱え込んで動けないようにする機能、後者は体外に出ていこうとする水分を角質層レベルでブロックする機能を有しています。体外からの異物防御には、皮膚の最も外側を覆っている「角質層」が重要な役割を果たします。健常な角質細胞の隙間は「角質細胞間脂質(セラミド・脂肪酸・コレステロールなど)」と呼ばれる脂成分で埋められており、細胞同士を強固に結びつけることで外界からの異物侵入をシャットアウトしています。皮膚バリア機能の維持はアトピー性皮膚炎の治療や予防を行う上で非常に重要な役割を持っています。当院では皮膚バリア機能を維持するためにセラミドを含む保湿剤の使用を強く勧めております。

③生活環境
①でアレルゲンがアトピー性皮膚炎の発症に重要な役割を果たすことをすでに述べさせていただきましたが、このアレルゲンに皮膚が感作される(接触する)ことによりアレルギー症状(アトピー性皮膚炎)を発症します。ということは、このアレルゲンのない環境作りがアトピー性皮膚炎には非常に重要になってきます。アレルゲンがハウスダストや花粉が原因であれば室内環境、花粉や雑草・ノミ・マダニなどが原因であれば散歩などの外出時の行動範囲がアトピー性皮膚炎の重症化因子となります。生活環境の改善はアトピー性皮膚炎の治療・予防における重要なポイントとなります。ただしアレルゲンの種類が数によってはコントロールが困難な場合も多々見受けられます。

犬におけるアトピー性皮膚炎の主な症状は「かゆみ(掻痒)」・「発赤」・「発疹」・「紅斑」・「脱毛」・「脂漏」・「色素沈着」・「外耳炎」などであり、他の皮膚炎とそれほど変化はありません。好発部位は、「眼瞼周囲」・「上顎・下顎の口唇部」・「耳介部」・「脇(腋窩)」・「内股(下腹部・鼠径部周辺)」・「前後肢先端部分(指間・肉球間など)」・「尾根部周辺」・「肛門周辺」などです。逆に「胸背部」や「腰背部」・「耳介辺縁」には発症しにくい傾向があります。
好発年齢は1~3歳という報告が一般的ですが、3歳以降で診断される場合も多々見受けられます。なお1歳未満でアレルギー性皮膚炎を発症している場合、ほとんどが食物アレルギーが関連している皮膚炎であり、所謂アトピー性皮膚炎ではないと言われています。アトピー性皮膚炎の典型例として花粉や雑草がアレルゲンの場合、発症初期は季節(特に梅雨前後〜初秋)に関連して症状が出たり消えたりしますが、時間の経過とともに発症期間が長くなっていきます。最終的には通年性に症状が継続していきます。またハウスダストが原因の場合は季節に関係なく通年性で症状が発症します。

アトピー性皮膚炎の診断は非常に困難です。上記のアトピー性皮膚炎の症状でも触れましたが、アトピー性皮膚炎にのみ認められる特有の症状はありませんので視診で判断することは困難です。当院ではアトピー性皮膚炎の診断は飼主様からの情報が最大の診断ツールと考えていますので、我々は時間をかけた丁寧な問診を行います。その結果、アトピー性皮膚炎の可能性が疑われる場合、他の皮膚病との鑑別診断・除外診断にてアトピー性皮膚炎の診断を進めていきます。まずは皮膚搔爬試験や皮膚スタンプ試験などで外部寄生虫や細菌や真菌などの感染症の除外診断を行います。

また血液検査にて内分泌疾患(甲状腺疾患・副腎疾患など)を除外します。最終的にアレルゲンを特定すること(アレルギー検査)により食物アレルギーを除外診断し、環境アレルゲン(ハウスダスト・花粉・雑草・樹木など)が原因の皮膚病であるアトピー性皮膚炎と診断します。ただし残念なことに現在の獣医学では全てのアレルゲンを特定することは不可能であり、そのことがアトピー性皮膚炎の診断を困難にしています。そのためアトピー性皮膚炎の最終的な診断は様々な皮膚病の除外診断と好発部位における皮膚病の有無や掻痒や発赤・脱毛などの症状も加味して最終診断を行います。

現在当院ではアレルギー検査をアトピー性皮膚炎の診断として推奨させていただいております。一番の理由は「食物アレルギーの除外診断」です。またアトピー性皮膚炎の原因となるハウスダストの1種がアトピー性皮膚炎の素因であるという報告も多数出ています。なお環境アレルゲンが特定できた場合、根治治療ができる可能性が出てきます。アレルギー検査には一般的な環境アレルゲンを特定する「アレルゲン特異的IgE検査」と食物アレルギーを診断する「リンパ球反応検査」の2種類が存在します。「アレルゲン特異的IgE検査」は人の医療でもよく行われるアレルギー検査と同じもので、タンパク質による「即時型アレルギー」を診断しています。主に環境アレルゲンと食物アレルゲンにどれだけ感作されているか調べるものになります。対して「リンパ球反応検査」ではIgE検査では分からないリンパ球に反応した食物アレルゲンを検出する方法になります。こちらのアレルギー検査は食物アレルギーに特化したもので、「遅発型アレルギー」を診断する場合に用います。ちなみに食物アレルギーは「遅発型アレルギー」によるものであることが分かっており、「即時型アレルギー」であるIgE検査では食物アレルギーの診断は困難と言われています。

当院では食物アレルギーの診断を行う場合、原則「リンパ球反応検査」を推奨しております。詳しくは担当獣医師にご質問ください。また飼主様とのご相談によりリンパ球反応検査を行わずにこちらが指定する食事のみで皮膚症状が改善するか確認する「除去食試験」という食事療法試験を行う場合もあります。この「除去食試験」にもいくつかの問題点がございます。詳しくは担当獣医師にご相談ください。

アトピー性皮膚炎の主な治療法は薬物治療になりますが、薬物治療のみで全てを解決することは不可能です。薬物治療の開始と同時にアトピー性皮膚炎を発症した原因を除去する方法を飼主様と一緒に模索します。主な方法としてアトピー性皮膚炎の原因でも記載した「② 皮膚バリア機能の低下」を改善させること、「③ 生活環境」を改善させることが重要になります。「② 皮膚バリア機能の低下」に関しましてはシャンプー療法や保湿剤の使用が重要と考えています。

特に皮膚のバリア機能にはセラミドが重要であり、また人のアトピー性皮膚炎でも近年では保湿を重視しています。当院では保湿を最重要ポイントとして皮膚の症状に合わせて飼主様にご提案しています。「③ 生活環境」に関しましてはお散歩に関する注意事項、室内の環境改善・清掃など飼主様からお聞きした生活環境と臨床症状から原因を推定し、少しでも生活環境が改善できるように一緒に考えていきます。また薬物治療に関しましては過去の既往歴や薬物投与歴、臨床症状やその重症度などを検討し、使用する薬物のメリット・デメリットを相互共有し最終的にどの薬物を使用するかを一緒に考えていきます。

当院では様々なアトピー性皮膚炎の治療薬物や治療法がございます。ただし薬物だけではコントロールできないのがアトピー性皮膚炎です。またアトピー性皮膚炎は体質による病気ですので完治は困難です。アトピー性皮膚炎と将来に渡ってうまく共存する道を探さないといけません。アトピー性皮膚炎を疑う症状でお困りの飼主様は是非一度当院にご相談ください。