循環器科の代表的な症例

CASE

僧帽弁閉鎖不全症

小型犬の代表的な循環器疾患の一つです。マルチーズ・ヨークシャーテリア・シーズー・キャバリアなどでの発症が多く見られますが、人気犬種であるトイプードル・チワワ・ミニチュアダックスフントでもよく認められます。僧帽弁とは心臓の左心系である左心房と左心室を隔てる弁のことを指します。通常は肺を通過した酸素を多く取り込んだ血液が左心房に入り、ある程度左心房に血液が充満すると僧帽弁が開いて左心室に血液が流れます。左心室にある一定量の血液が充満すると僧帽弁が閉じ、左心室と大動脈の間にある大動脈弁が開き左心室の心筋が収縮することによって左心室の血液が大動脈に流れ全身へと血液が運ばれていきます。その時に僧帽弁が完全に閉鎖することができず隙間が生じ、左心室から左心房へと隙間を通って血液が逆流する心臓病のことを僧帽弁閉鎖不全症と言います。

当院ではまず問診及び一般身体検査にて僧帽弁閉鎖不全症の可能性について確認し、疑いがある場合に胸部X線検査にて評価を行います。X線検査による僧帽弁閉鎖不全症の評価基準は非常に多岐にわたっており総合的に診断を行います。また最近の論文による報告によると心臓のバイオマーカーを調べることで診断の一助になることが分かりました。そのため当院では飼主様とのご相談の上でバイオマーカーを調べて診断に結びつけることもあります。その後胸部超音波検査にて直接心臓の形態学的変化や左心房内へ逆流する血流の確認、血流速度の確認などの精査を行い最終的に僧帽弁閉鎖不全症を診断します。

治療は基本的にACVIM(米国獣医内科学会)ガイドライン2019年度版のステージ分類に則り重症度を評価し、各ステージの推奨される薬剤と個別の症状から必要と考えられる薬剤から最適な治療薬の判断を行い、飼主様に対して内科治療(投薬治療)についてご説明しております。また心臓外科をご希望される飼主様に対しては手術が適応かどうかも含めてセカンドオピニオンとしてJASMINEどうぶつ循環器病センターなどに紹介を行なっております。

フィラリア症

フィラリア症は犬糸状虫症とも呼ばれる病気で主に犬で発症することがよく知られていますが、最近では猫でフィラリア症が発見される機会が増えており、猫でも予防などの対策が必要だと啓蒙活動が行われています。フィラリア症は犬糸状虫と呼ばれる細くヒモ状の寄生虫が心臓(右心房・三尖弁・右心室・肺動脈弁)や肺動脈に引っ掛かり寄生する病気で、血液の循環が障害されて食欲や活動性の低下・発咳・浮腫などの症状が現れ、さらに悪化すると呼吸困難・喀血・肝臓腫大・腹水貯留・血尿などの症状が現れて急死する可能性もある非常に恐ろしい病気です。

フィラリア症は蚊が媒介して感染する病気です。フィラリアに感染した場合、内科療法はヒ素を内服して成虫を駆除する方法がありますが、ヒ素自体が身体にとって毒性があり生命に影響する非常に危険な治療法です。外科療法は頸静脈より専用の鉗子を挿入し、心臓内に寄生しているフィラリアを摘出します。この方法は非常に有用ですが、大量にフィラリアが寄生している場合、フィラリアが除去されることにより急激に血流が良くなり血圧の低下を招き術後に亡くなる可能性もあります。また正確にフィラリアが何匹(正確なフィラリアの数え方は1隻・2隻(せき))寄生しているかは判断することができず外科的に全てのフィラリア原虫を摘出できるとは限りません。そのためフィラリア症は予防が重要ということになります。

当院ではフィラリア症の予防のために4月下旬〜5月上旬にかけてフィラリアの駆虫薬の投与を開始し11月下旬〜12月上旬まで月1回駆虫薬を継続することを推奨しております。またフィラリア駆虫薬はフィラリア症に感染している状況で内服すると重篤な副作用が出る可能性があり、必ずフィラリア症の駆虫薬を投与する前に血液検査にてフィラリア症の感染の有無を検査しないといけません。フィラリア症は一度感染すると完治が困難な恐ろしい病気です。ただしフィラリア薬を使用することで確実に予防ができます。最近では様々なタイプのフィラリア薬が出ており投薬が難しい子でも予防が可能になりました。フィラリア症の予防に関しましては当院獣医師並びに動物看護師・動物看護助手にお気軽にご相談ください。

潜在精巣

犬・猫の精巣は出生時には腹腔内に存在し、生後40日までに鼠径部の鼠径管を通過し陰嚢内に下降します。ただし一部の犬・猫において精巣が陰嚢内まで下降しないことがあり、腹腔内もしくは鼠径部に精巣が停滞してしまうことを潜在精巣と呼びます。一般的に潜在精巣は片側のみで起きることが多いですが、両側の潜在精巣も認められることがあります。また猫で潜在精巣が認められることは非常に稀です。また犬では右側で潜在精巣が認められることが多いと言われています。腹腔内や鼠蹊部に停留している精巣は持続的なホルモン産生・腫瘍化・捻転の発症リスクが増加し、子供へ遺伝することが認められていますので摘出することが推奨されています。

手術では潜在精巣および陰嚢内にある精巣を摘出します。停留している精巣の場所により開腹が必要になる場合もあります。当院では手術時に行う麻酔のリスクを減らすために3歳までに手術することを推奨しております。

潜在精巣は腫瘍化する確率が非常に高いことが知られています。また腫瘍の種類によっては重度の貧血を伴い命に関わることもあります。潜在精巣は触診で診断が可能ですので、ご心配な方は診察時に担当獣医師までご相談ください。

拡張型心筋症

拡張型心筋症は心筋の収縮機能不全により心房や心室の拡張が認められる病気で、心筋の収縮力の低下により全身性の血液循環の能力が低下し、うっ血性心不全と呼ばれる血液循環不全の状態に陥り浮腫や肺水腫・胸水・腹水などの症状があらわれ死に至る病気です。比較的大型犬(ボクサー、ジャーマン・シェパード、グレート・デーン、セント・バーナードなど)で診断される機会が多く、猫では以前タウリン欠乏による拡張型心筋症が認められましたが、最近のキャットフードにはタウリンがしっかり添加されており診断されることは非常に稀な病気となりました。発症年齢は3〜10歳と比較的若齢〜中高齢で認めれれることも多く、一般的に雌よりも雄での発症が多いと言われています。

当院ではまず問診及び聴診器にて心音の確認を行います。そこで心臓病の可能性が高いと判断した場合、胸部X線検査を行い心拡大(特に左心系)・肺水腫・胸水貯留などの所見を確認しながら拡張型心筋症の可能性が高いか客観的に判断します。X線検査にて拡張型心筋症を疑う所見が出た場合、最終的に胸部超音波検査にて拡張型心筋症を診断致します。拡張型心筋症の最も有用な診断法は胸部超音波検査です。胸部超音波検査では左右の心房心室の拡張・薄い心室壁(筋)・心筋収縮機能の低下(左室内径短縮率(FS)の低下)などを確認します。また拡張型心筋症は僧帽弁閉鎖不全症や三尖弁閉鎖不全症を併発している場合も珍しくないため注意して診断しています。

治療は他の心臓病と同じように血管拡張薬(ACE阻害薬)・強心薬・利尿薬を中心に症例の症状に合わせてその他の薬も併用しながらコントロールしていきます。ただし拡張型心筋症は非常に予後が悪く、早期の治療介入やうっ血性心不全のコントロールが予後に大きく影響すると言われています。当院では拡張型心筋症の可能性が疑われる場合、早急な精査をお勧めしております。病初期は無症状のため判断が難しいですが、特に中型〜大型犬で食欲低下や運動量の低下・呼吸機能の低下・発咳などの症状が認められましたら直ぐに当院獣医師までご相談ください。

肥大型心筋症

肥大型心筋症は左心室の心筋が肥大化することにより左心室内の内腔が狭小化することにより1回で心臓から全身に血液を送り出す量(1回心拍出量)が少なくなり循環障害を引き起こします。また左心房から左心室への血液の流入も悪くなり左心房内で血流が停滞しうっ血性心不全を併発したり、左心房内で血栓が形成されて血流に乗り大動脈に流れ大動脈末端の細い部分に血栓が詰まる大動脈血栓塞栓症を発症する場合もあります。肥大型心筋症は特に猫において最も発症しやすい心筋症で好発種としてメインクーン、アメリカンショートヘア、ペルシャ、ラガマフィン、ラグドールなどが知られていますが当院では雑種猫において診断する機会が多いです。発症年齢は生後数ヶ月〜17歳までと報告があり、平均発症年齢は4.8歳〜7歳で特に雄に多いと言われています。

当院ではまず問診及び聴診器にて心音の確認を行います。そこで心臓病の可能性が高いと判断した場合、胸部X線検査を行い心拡大(バレンタイン型の心陰影の確認)・肺水腫などの所見を確認しながら肥大型心筋症の可能性について客観的に判断します。X線検査にて肥大型心筋症を疑う所見が認められた場合、最終的に胸部超音波検査にて肥大型心筋症を診断を行います。胸部超音波検査では左室壁(心筋)の肥大・左室腔の狭小化・左室流出路障害・左心房拡大・左心房内での血栓形成などの確認を行います。また甲状腺機能亢進症や腎性高血圧などが鑑別疾患として考えられますので、血液検査や血圧測定を行い評価します。

治療は血管拡張薬(ACE阻害薬)・利尿薬・カルシウムチャネル拮抗薬・β遮断薬・強心薬などを中心に各症状に合わせて調整していきます。肥大型心筋症は明らかな臨床症状がない場合は比較的予後が良いと言われています。ただし臨床症状がないということは飼主様は肥大型心筋症を発症していることに気づいていません。上記にも示した通り、肥大型心筋症からうっ血性心不全や大動脈血栓塞栓症などの重篤な病気へ移行してしまうと一気に予後が悪くなり、大動脈血栓塞栓症を発症した場合は平均的な生存日数が60日前後まで悪化します。早期診断がその後の予後に大きな影響を及ぼしますので、若い頃に行っていた運動(階段やキャットタワーでの上下運動など)をあまり行わなくなったり、呼吸機能の低下(呼吸回数の増加・咳など)を疑う症状が認められましたら早急な精査をお勧めしております。

また最近では心臓のバイオマーカーの研究も進み、血液検査にて肥大型心筋症の疑いがあるかチェックすることもできるようになりました。当院では年1〜2回の血液検査による健康診断を行うときに一緒に心臓のバイオマーカーを調べることが可能です。またメインクーンとラグドールに限定されますが、若齢時に遺伝子検査にて将来的に肥大型心筋症を発症する確率が高いか遺伝的素因を調べることができます。肥大型心筋症についてご心配な点などございましたらお気軽に当院獣医師までご相談ください。

大動脈血栓塞栓症

大動脈血栓塞栓症は心筋症や感染性心内膜炎・自己免疫性疾患などにより形成された血栓が血流に乗り大動脈に詰まる病気です。ただし血栓が詰まる場所は大動脈だけに限らず冠動脈・大脳動脈・上腕動脈・腎動脈や腸間膜動脈などにも詰まる可能性はあり、それぞれで心筋梗塞や脳梗塞・急性腎不全など重大な病気を引き起こす可能性があります。どの部位で血栓が塞栓するかによって様々な症状が認められますが、どの部位でも塞栓した部分より末梢における血流は完全もしくは不完全に阻害されますので壊死などを起こし、最終的に死に至る非常に怖い病気です。

大動脈血栓塞栓症では腹部大動脈と外腸骨動脈の分岐付近で血栓が塞栓することが多く、その場合の症状は急性の両後肢の麻痺を主訴として受診されます。後肢麻痺が認められる症例では股動脈の触知が不可能となり、後肢に力が入っておらず先端を中心に冷感が認められ、肉球の色が青紫色に変色していることもあり、血流を確認するために深爪して出血の有無を確認する場合もあります。

治療法は
①開腹して血栓を摘出したり股動脈よりカテーテルを挿入し血栓を除去する方法
②血栓溶解剤を投与して反応を見る方法
③保存療法
などが選択肢として考えられますが、良好な成績を収めている治療法は残念ながらありません。

①の選択肢は血栓がどこに詰まっているかを判断することが困難であり、また肥大型心筋症などの基礎疾患があって発症していることが多く、そもそも麻酔のリスクが非常に高い状況で麻酔がかけられない場合も多々あります。

②の治療法は発症後数時間以内であればある一定の効果が期待できますが、それでも致死率が50%以上という報告があること、使用する薬剤の副作用のリスクが高いこと、薬剤がかなり高額のため当院も含め一般病院では在庫として保管されておらず実施が難しいのが実情です。

当院では基本的に③の保存療法のプログラムである対症療法+抗血栓薬による治療をご提案しております。ただし保存療法では根本的な治療につながらないことが多く、非常に厳しい予後が推測されます。

大動脈血栓塞栓症は心筋症(猫の場合は肥大型心筋症)の発症に伴い、心筋症の症状が悪化すると左心房内で血栓が形成され、その血栓が血流に乗り腹部大動脈の末端で塞栓となります。大動脈血栓塞栓症の1番の予防法は早期に心筋症を診断し、心筋症が悪化しないように管理することです。また血栓形成のリスクが認められた場合は早期に抗血栓療法を行い血栓の形成のリスクを減らすことが重要となります。心筋症の早期発見につきましては肥大型心筋症の項で記載しておりますので是非参考にしていただければと思います。